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アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
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第9話

 αドライバーが発揮できる能力は、プログレスのエクシードのように1人として同じ能力がないという個々別に派生した多様性に富んだ能力ではない。全てのαドライバーは、確定された共通の力しか発動できない。その能力は2つあり、1つは、プログレスのエクシードを強化するという力である。αドライバーとプログレスがリンクすることで、プログレスのエクシードはリンクの深さによっては、通常時の何倍もの威力を発揮できる。また、リンク状態にあるプログレスは、若干ながら身体能力が向上するというデータもある。
 そして2つ目の能力。これが、「αドライバーはプログレスの盾」といわれる、最もな所以であった。

 乱舞する炎。中空をうねり、滾り、渦動する様には妖艶さすら感じる。テオドーチェの発動させた炎のエクシードは意志を持つ狂濤の如くウロボロスを包み込んだ。重ねてアクエリアの爆弾が投擲され、水素と酸素の核融合反応による爆発が連鎖した。
 狂奔する熱量にたまりかねたのか、ウロボロスが半歩後退した。遥が正面から追撃の拳打を叩く。光を纏った拳が、矢のような美しい軌跡を描き、鈍色の甲殻に吸い寄せられた。
「硬った! このウロボロスめっちゃ硬いんだけど!」
「アクエリアが硬いって言ってたでしょうが! ちゃんと話を聞いとけ!」
 巨大な鎌が遥を襲う。「うわお!」と叫びながらも、凶刃から逃れ得たのは、ただのまぐれだろと、後からゼンジに突っ込まれそうである。
「強化しても1人じゃ無理だ。遥、同時に攻撃するぞ」
「よっしゃきた。任せて!」
「アクエリア、テオ。もう一度頼む」
「楽じゃないんだぞ! もう!」
「援護はお任せを」
 アクエリアとテオドーチェの最大火力が再びウロボロスを業火の舌で巻こうとするが、ウロボロスは4本の足を素早く稼働させ、俊敏な横移動をやってのけた。
「速くてエクシードが当たらないのだ!」
「時間をかければ行動パターンを解析して動きの先読みができるのですが」
 ウロボロスは狙いを後衛の2人に絞ったようである。クラリスと遥を躱しながら、アクエリアたちに近づいていく。この個体は知能も馬鹿にはできないらしい。
 傾き始めた陽光を反射する鋭利な刃の間合いまで至近に迫った時、不意にウロボロスの動きががくんと停止した。何かに足の1本を掴まれている。
「アタシを忘れるなよ」
 ウロボロスの動きを止めたのはクラリッサであった。右腕が華奢な体格に不釣り合いなほど膨張し、黒い鱗を纏い、ダイヤモンドのような鉤爪をした巨腕へと変貌していた。
「ほら、よ!」
 掴まれた足を勢いよく引き上げられ、バランスを崩し、思わず鎌と鋏を地面に付けた。
「テオドーチェさん!」
「今なのだ!」
 クラリッサのいる位置から対角線上になるように、ウロボロスの右側面に攻撃を集中させた。灼熱のエネルギーの奔流が甲殻に深刻なダメージを与えるに至った。そして追い付いた遥とクラリスが、2度の攻撃で脆くなった側面部へ、斬撃と拳打を同時に叩き込むことに成功した。
 甲殻の破片が弾け飛び、衝撃は体奥まで貫いた。ウロボロスは横転し、横倒しにされたまま沈黙した。少し離れた場所で重たい物が草の上に落ちる音が2つした。見てみると、ウロボロスの足と右手の鎌だった。
「やったのだ……倒したのだ!」
 テオドーチェが歓喜した様子で何度も跳び跳ねる。
「ゼンジ君! やったね」
 遥が勝利のVサインを、天真爛漫な笑顔付きでお披露目した。
「エネルギー波も静止状態にあります。偶発的な遭遇でしたが、被害を最小限に抑えられ──」
「遥!」
 クラリスが叫ぶのと、遥の体が宙高くへ浮き上がるのはほぼ同時であった。ウロボロスの鋏が遥の体を挟み、持ち上げたのだ。勝って兜の緒を締めよ、とはことわざではなく、ある種の訓戒であるかもしれないと、一同は悟ったことだろう。
 幸運だったのは、胴と鋏の間に腕を入れられたこと。これで即座に挟み潰されることはなく、抵抗する余地が生まれた。もう1つは、ゼンジとのリンクが切れていなかったこと。これにより負荷限界を超えるまで怪我を負うことはないということであった。だがこれは、遥の、プログレスの見地からみた幸運である。
 遥はエクシードを発動させ、鋏を押し開こうとするが、膂力では劣り、徐々に閉じられ、ギロチンは完結に近づいていく。ウロボロスの狡猾な罠を非難する暇もなく、クラリスたちは救出に動こうとした時、ゼンジとのリンクが切断された。
 αドライバーの2つ目の能力。それはプログレスを身を挺して守ること。リンクを繋いだプログレスが戦闘でダメージを受けると、そのダメージはαドライバーへと肩代わりされるのだ。
 ゼンジはリンクが繋がったままの状態の、鋏で潰されようとする遥のダメージを受け、集中を欠き、リンクを切ってしまったのだ。戦闘が終わったことへの油断が生じていたことも一因となった。
 だが、瞬時にリンクを繋ぎなおし、遥が処刑台へと連行される歩みを低下させたのは賞賛されることである。ダメージを受け続けるが、αドライバーとしての責務を放り投げはしなかった。
 しかし、複数人に同時にリンクする余裕はなかった。体を潰されようとする持続的な痛覚は、遥1人を守ろうとする意志のみを支柱として精神を支えなければ、リンクを維持することさえままならない状態であった。
 リンクなしの攻撃ではこのウロボロスには通用しない。アクエリアとテオドーチェは全力のエクシードを続けて発動したため、余力はほとんど残っていなかった。
 クラリスは遥との攻撃によって空いた甲殻の剥脱部分に剣を突き刺した。しかしあえなく弾かれる。硬いのは甲殻だけではなかったのだ。内側にも薄い鱗状の皮膜が張られ、威力を減殺する。
「クラリッサ! 手伝ってくれ!」
 この剣を突き通せば急所に届く。クラリッサが機敏に反応して動き、竜鱗の隻腕を力強く振るう。皮膜が破れ、その下の急所を露呈した。
 ウロボロスが暴れ出し、3本足で地面を抉りながら旋回する。遥はまだ鋏に捕らわれたままだ。
 迂闊に近づくこともできなくなった。最期の足掻きか、余る生命力全てを注いで抗おうとしているかにみえる。
 手をつかねて傍観するわけにはいかない。ゼンジがいつまで耐えられるか分からない。リンクが切れれば、遥は胴体を切断されてしまうだろう。クラリスは静かに覚悟を決めた。
「グリム・フォーゲル!」
 クラリスが相打ち覚悟の突貫を敢行する直前、学園のほうの森から少女の声と銃声が轟き、露呈した急所へ命中した。
 ウロボロスは動きを止め、幾度か痙攣し、やがて体が分解されるように崩れていった。
 音のした方へ目を遣ると、二丁拳銃を構えたプログレスが立っていた。
 彼女の着ている制服には見覚えがあった。緑を基調とした機能的なデザイン。
 確かあれは、緑の世界〈グリューネシルト〉を統括しているという、グリューネシルト統合軍の制服である。
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