ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
目次

第8話

 突然の爆発。事態を把握していたのは、爆発を起こしたアクエリアのみである。いや、アクエリアさえ全てを把握してはいない。クラリッサに突進する影に直感的な危険を察知し、エクシードによって生成された水素を原料とした小規模爆弾を反射的に放ったのだ。それが知覚できた全てであった。
 影を近づけてはならない。その一念のみが行動を誘発したのだ。
 理性を何にもまして重要とみなし、判断の基盤とするアンドロイドが、本能や直感に従うとは、矛盾が生じようものだが、この時の判断は僥倖であった。
 爆発の範囲は大きくない。クラリッサからは充分離れて爆破したので、巻き上げられた粉塵を浴びたであろうが負傷を負うことはないはずである。では、あの正体不明の影はどうなった。小規模とはいえ目と鼻の先で爆破したのだ。無傷とは考えられない。もし獣や生物、または森を散策していたプログレスであったら、取り返しがつかないことをしたことになる。
 粉塵が風に流され、眩んだ視界が輪郭を取り戻していく。クラリッサが視認できた。怪我はないようである。オッシーも動揺しているが無事なようだ。
 影は、見当たらない。吹き飛ばされたのか。
(索敵モード。レーダーを展開。エネルギー感知波を半径200メートルの範囲内に照射。同時に熱源感知も並行して……)
「え!? なに!? 何が起きたの!?」
「急に爆発したのだ!?」
 数秒の自失状態から回復した遥とテオが、それでも事態を飲み込みきれていない。爆発が起きた地点から目を離せずにいた。
「アクエリア? 何が起きた」
 クラリスは影を捉えられなかったが、アクエリアが突然爆弾を放ったところは見えていた。直後に起きた爆発がその爆弾によるものであるとわかっている分、早くに平静に戻れていた。
「……! クラリスさん! 右です!」
 アクエリアは転身しながら先程よりいくらか強化した2つの爆弾を右方向の樹林の陰へと放った。今度はクラリスにもはきと姿を捉えることができた。樹陰から四足歩行の獣に似たシルエットをした黒い何かが飛び出し、爆破をもろに受け、その場にズシンと落下した。
「アクエリア。これは、まさか」
「目標のエネルギー波を感知。波形を測定、照合完了。間違いありません。ウロボロスです」
 爆発の余勢が去り、襲撃者の姿が白日に晒された。
 その姿を例えるなら、鉄鉱石の甲殻を纏った巨大な4本足の蟹。とでもいうべきか。さらに付け加えるなら、右手は鋏ではなく鎌であり、口はなく、瞳のない2つの眼がトパーズのように輝いている。
 巨大と言ったように体格も尋常の蟹とは比べ物にならない。正面から向かい合った時の横幅は、両手を横に広げたゼンジよりも広く、目線の高さは2メートルを越えているのは間違いないであろう。よくもこんな体で俊敏に動けるものだと感心してしまう。
 姿を見て、アクエリアは驚愕した。異形に驚いたわけではない。経験は多いわけではないが、ウロボロスと戦うのがこれが初めてではないのだ。それよりも、ウロボロスの体に罅割れ1つ入っていないことに驚いたのである。
 アクエリアのエクシードが3度直撃しているはずであるのに、全くダメージが認められないのはどういうわけか。どうもこうもない。効いていないのだ。あの砦を彷彿とさせる堅固な甲殻に阻まれ、エクシードが体内にまで通っていないのだ。こんなことが今まであったろうか。
「このウロボロスは今までにないほど硬い鎧を纏っています。加えて先程見せた俊敏性も侮れません」
「私のエクシードでも斬れそうにないか?」
「表層は斬れるでしょうが、深層にまで剣撃は届かず、決定打を与えることは難しいかと」
「そうか、それなら」
「リンクだな」
 2人の後ろにゼンジが立ち、視線はまっすぐウロボロスを射止めていた。
「そうだな、ゼンジとリンクしてエクシードの威力を上げる。鎧が固いのなら、それ以上の火力で破壊する。テオとアクエリアが中距離から引き付けて、私と遥が近距離で叩く。これでいくぞ」
「さすが先輩。頼りになる」
「遥とテオは準備はいいか?」
 クラリスは振り返って呼び掛ける。2人は加速度的状況に半分混乱をきたしていた。ここで如実に戦闘経験の差が現れている。
「うん、大丈夫、やれるよ!」
「テオもいけるぞ!」
 ゼンジの後ろから威勢の良い返事が返ってくるのを確認して、クラリスはエクシードを発動させた。クラリス・エーデルライトのエクシードは「心眼」。斬りたい対象のみを斬ることができる能力である。エクシードによって生成される剣は、流麗の具現化である。細く、僅かに反りを備えた黒い刀身には幾条かの青い浄光が流れる。
「ゼンジ、頼む」
「お願いしますね、ゼンジさん」
「テオに任せておくのだ、ゼンジ」
 遥が前に進み出て、ウロボロスと対峙する。振り返ってゼンジを見つめる瞳には、迷いや怯えの翳りなど寸分もなかった。まっすぐな、呆れるほどまっすぐな、光。
「ゼンジ君、いつも通り、よろしく!」
 本当に揺るがないな、こいつは。時々嫉妬を感じるほどに。
「ああ、俺がお前たちを守る。だから好きに暴れてこい!」
『エクシード・リンク!』
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。