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アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
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第7話

 一同が驚いて見上げると、頭上の木の枝には、金色の髪に深紅の大きなリボンを結び、その瞳は見る者を惹きつけずにはいられないであろう、右目が頭髪と同じ金色、左目が薄紫色のオッドアイをもつ少女が座っていた。
「誰だ。ここは危ないぞ。すぐ避難するんだ」
 クラリスが喚起しても動じる様子はなく、涼やかな表情で荒れ狂うドラゴンを見つめている。
「大丈夫だよ。慣れない世界に来て、不安がってるだけなんだ。宥めれば大人しくなる」
 言うや、木の枝の上を飛び移り、近くで最も背の高い木に登り、羽が付いているような身軽な動きで樹上に立った。
「ほら、おいで、いい子だから」
 両手を伸ばし、幼子をあやす時に似た声色で話しかけている。ドラゴンは少女が現れた時から意識はそちらに向いている。少女のほうへゆっくりと近寄り、至近の距離まで近づき、少女の手は赤い外殻を愛しそうに撫でる。
「よし、いい子だ。もう大丈夫だ。アタシがついてる」
 少女の言葉を皮切りに、雷雲が蜘蛛の子を散らすように消え去り、晴れやかな青空が回帰した。帯電していた空気も和らぎ、世界に平穏が戻ってきた。
 どうやら危機は去ったようである。遥たちは安堵の吐息を漏らし、竜の怒りを治めた少女に敬服の眼差しを投げかけた。
 少女は竜をあやし終えると、木から降り立ち、遥たちは一応ドラゴンを再び刺激しないよう恐る恐る周りに集まった。
「すごいね! あんなに怒ってたのに、すぐに大人しくなっちゃった! 一体どうやったの」
「怯えてたからなぐさめただけだよ。元々狂暴なやつでもないからな」
「プログレスの方ですよね?」
 アクエリアの問いに、少女は揚々と答える。
「ああ、アタシの名前はクラリッサ。ダークネス・エンブレイスから来た、竜の血を引く一族だ。ドラゴンがいるって噂を聞いたからすぐきたんだ。やれやれ、間に合ってよかったよ。あと少し遅れてたら大惨事だったぜ」
 きっと彼女の言う大惨事を、一番最初に被ることになっていたであろう5人は、その被害から逃れられた幸運に心の底から感謝した。幸運の女神に投げキッスを1ダース送ってもいいくらいだ。
「本当に感謝する。それで、頼みがあるんだが、このドラゴンをダークネス・エンブレイスに帰すことはできるか?」
「いいよ。最初からそのつもりだったし。でも、帰すのは原因を取り除いてからだな」
「原因?」
「ほら、オッシーを見てみろよ」
 クラリッサが指さす先には、地上で落ち着いているドラゴンがいた。
「いや待ってくれ。オッシーってあいつのことか?」
「そうだぜ。オ〇リスの天空〇だからオッシーだ。かわいいだろ」
「かわ…いい…?」
「かわいいとは、いったい…」
 天空を舞う雷の支配者。その称号がぴったり当てはまる様相のドラゴンは、黙然と佇んでいる。
「首のあたりのとこ、怪我をしているだろ? あれがオッシーが怯えていた原因だ。ダークネス・エンブレイスで何かに襲われて、こっちの世界に逃げてきたんだな」
 そういわれてよくよく目を注いでみると、確かに外殻の一部が剥がれ、痛々しい損傷を負っているのが確認できた。
「あんな大きくて怖そうなドラゴンが逃げ出すようなのがいるってこと!?」
「それってもしかすると、ラーの翼神──」
「ウロボロスか」
 クラリッサが頷く。
「ドラゴンに攻撃するような命知らずは、ダークネス・エンブレイスには滅多にいないからな。しかも傷まで負わせて追い出したとなると、そんなことができるのは魔女王くらいだぜ」
「ウロボロスはエクシードでしか破壊できない。どんなに強力な力を持ったドラゴンでも、襲われればひとたまりもないというわけか」
「しかし、青の世界以外でウロボロスが出現するのは稀有ですよ。しかもプログレスではなく、ドラゴンを襲うというのは、ウロボロスの行動パターンから逸脱しています」
「どういうことなのだ?」
「普通とは違うってことだ。それはつまり、異変の前兆でもある」
 ゼンジが顎に手を当てて言った。普段の軽口を叩く雰囲気ではない。遥がそれを察知して不安げな声を出す。
「黒の世界で何かが…?」
「黒の世界だけに留まる問題なのかどうかすら怪しいな。世界は連結している。単一の異変が他世界へ連鎖しても不思議はない」
「一旦戻って学園に報告だな。その後でどうするか指示を仰ごう」
「賛成です」
 クラリスの提案に全員が承諾の意を示した。クラリッサはオッシーが心配なので側に残ると言い、それでは彼女に任せて学園に戻ろうとした時である。
 オッシーが頭を上げ、喉の奥から満々とした重量を宿した、地鳴りに似た呻吟を響かせた。耳にすれば発生者が悪寒を感じ、震駭していることに疑いないことを確信させるものだった。首を伸ばして左右をきょろつき、狼狽えている。警戒すべき存在が近づきつつあるのだ。
 クラリッサが落ち着かせようと優しく話しかけている声が聞こえる。遥たちも何事かと立ち止まり、振り返った。
 最初に気づいたのはアクエリアだった。ほんの偶然にであった。クラリッサたちへと急速に迫りつつある影が、彼女の左側から突然現れたのを、最も近くに居たアクエリアの視界が捉えたというに過ぎない。しかし、この偶然が、クラリッサの危機的状況を救い得たのは事実である。
「……ッ!!」
 今からエクシードを発動してからでは間に合わない。とっさに腰に手を遣る。風紀委員室を出るとき、作っておいたエクシードの爆弾。投擲する。手で投げる必要はない。エクシードを操る。爆弾がクラリッサと影の間に割り込む。炸裂。視界は数十瞬の間、白濁した。
 
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