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素直じゃない彼の落とし方

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: 中野安樹
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疑心暗鬼

「で? 」

可愛らしい眉と唇を、はの字に曲げて不機嫌そうに腕組をしている佐藤がいる。普段は絶対にしない足組みも、恐ろしい。

「まさか、仕事中のハズの先輩が、僕の仕事先で大声でなんでしたっけ? 」

ひとまず入ったカフェで、注文したコーヒーを持ってきたウェイターに声かけているが、少しも笑いかけていない。無言のプレッシャーをひしひしと感じる。なんというか、静かに怒るタイプの人間は苦手だ。カップに口をつけるしぐさにも静かな怒りを感じてしまう。

「あー、思い出した。ごうかんまでしたっけ?」

「ちげぇよ。そりゃさ、まさかマジもんだとはさすがに……。しかも契約相手があんな」

「それに? 」

「ちかんやろうだし」

「あのね。何度も言いましたけど、合意だし?合法だし?それに」

冷たい氷のような目でにらみつけて、佐藤は耳元でドスを効かせる。

「あの程度だとちかんなら、どんなことしたらいいんでしょうねぇ」

もっと、して欲しいんですか?追いかけてきてまで?なにやら、さっきやらかした失態に対しての怒りの矛先は、別のスイッチとなったらしい。静かに、意地悪く佐藤を突き動かしている。


正直に言おう。あのとき確かに、大失態を犯した。なぜって、あんな汚い裏通りに、新規の顧客がいるわきゃない思うじゃないか。先入観で見てしまったって仕方ない。だけど、佐藤はあのビルの隣で働いているクライアントと打ち合わせをしていたらしいのだ、あのビルは、もうすぐ建て壊しされる。知らなかったが、そのことで周辺地域へ確認にいっていたらしい。ビルは解体されて、小さな一軒家を建てる計画なんだそうだ。

「病院経営だけに専念するらしいですよ。ジュニアは」

(げっ。じじい仕事畳む気かよ。くそっ)

老い先短いとは思っていたが、早々にくたばっちまったのかもしれない。

「……。あのね、先輩。心の声だだもれですからね…、それに」

大先生は生きてます。呆れ顔でゴホンと大きな咳払いをしつつ、ため息をつく。佐藤のその仕草があまりにキレイで、吸い込まれるように、じっと見つめてしまった。

「そんなことより、信用問題ですからねぇ。クライアント見たでしょ?女性ですよ。なのに怖いですよねぇ。僕みたいなイケメンで、ほんわかタイプだとしても。ちかんやろうだと」

視線をチロリ向け、いつもとは違う佐藤の蛇のような睨みにゾクリと背中が泡立つ。片方だけピクリと動く眉がさらに怖い。

「はひゃ、あいや」

冷気で口回りがうまく機能しないらしい。おまけに脳内でフォッフォッ笑っているじじいのおまけ付きだ。ふかよかでケのつく、鶏肉やじいさんに似ているのが余計、鬱陶しい。

「一緒に話に行きましょうね。それから」

僕に何か用ですか?訪ねる理由なんて腐るほどあるだろうに、素知らぬ顔で意地悪く聞いてくる。いたずらっ子の顔をした佐藤の目が楽しそうに揺れた。さっきまでの鋭さや冷たさはみられていない。

「けど、期待されているところ申し訳ないですが。出しませんよ?」

ナニを?真っ先に浮かんだのは、良からぬ妄想。頭のなかは、昼間っからセクシーな妄想が駆け巡る。さっきまでの、のほほんじじいとは大違いだ。

「わぁかってるって、こんな昼間っから」

ニコニコ笑顔になった佐藤は、優雅な手付きでスッと目の前に置く。

「では、よろしくお願いします」

支払いをよろしくお願いします。なぜもう一度言い直したのだろうか。それにしてもどうしてか、言葉がうまく脳に届いていない。はてなマークだらけになった俺に再び、顔を近づける。それから明日、また行くので、きてくださいねと、笑う。睨まれて竦み上がったハズなのに佐藤の甘い声で、迂闊にもときめいてしまった。蕩けるような声が耳元で響いて頭がぼうっとなる。

「支払い?」

しばらく、渡された紙を眺めてしまう。渡された紙には、コーヒー2と書いてある。何度見ても、同じだ。

「や、…られた」

肩透かし食らったような、いや良かったんだけども。それでもなぜか、残念なような寂しいような複雑な気持ちが、沸き起こった。

「もてあそばれた気分だ」

それにしても、おかしな気分だ。スッキリはっきり、けじめつけてお互いスッキリさせようとしたのに。どうスッキリさせるか、しっかり考えた方がいいのだろうか。考えなしの自分に少し苛立ちを感じる。

「そんなん、答えは一択なハズ」

見上げた空は、どんよりどこまでもやる気がなくて、まるで今の自分のように沈んでいた。


そうだ。答えは決まっているハズだ。やらなきゃならない。それはわかっている。答えは一択。それもわかっている。あとはもう、伝えるだけ。そう、ただそれだけなのだ。しっかりしろ、俺。負けるな自分。何度だって言い聞かせてやる。なぜだか気分は、戦いを挑むときのような、全身を包む闘志をたぎらせていた。なんだろう、ヤツには負けたくない。なんともいえない、かけ違えたような居心地の悪さがずぅーんと心の奥に住み着いたようだった。


【続くハズ?】
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