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素直じゃない彼の落とし方

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: 中野安樹
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冬来たりなば春遠からじ

慌ててホテルを飛び出して、向かった先は結局、圭のいる喫茶店だった。もう、二度と顔を見ることはできないと、思っていたのに甘ったれている。でも、一杯だけ。そう、一杯だけと思って、すがり付くように、店のドアをあけた。

「いらっ、なんだお前か」

一瞬輝いた瞳はみるみる濁って、圭は明後日の方を向いてしまう。

「座れば?」

圭の態度は、客に対してぞんざいな態度でも、本当は入れたくない人物である自分を店の中入れてくれたことに、そこまで憎まれていないのだとホッとした。

「おれさぁ、やっちまったんだよ……」

素面でこんなに素直に自分をさらけ出せる相手というのは貴重だ。昔のような空気感はないものの、顔をみるとやっぱりホッとする。甘えついでにというかなぜか、佐藤との出来事を話始めていた。ことの顛末を話終わるとみるみるうちに圭の顔は険しく、苦々しくなっていった。

「おまえ……ばかなのか」

呆れてしまったのか、圭は盛大にため息をついて、チラリとこちらをみてくる。こっちはそれどころじゃねぇんだよと、ブチブチいいながら、トーストを準備しはじめた。

「慰めてよ。どうしていいかマジでわかんなくなったんだよ」

「知るか。だいたいおまえはいつも突拍子もないんだよ」

いきなり、結婚したかと思えば、離婚して。んで、後輩に食われた、と。ブツブツ圭が呟いたかと思ったら、表の看板を片付け出した。作業を終えて向き直ったら、昔から変わらない懐かしすぎるお説教モードの圭がそこにいた。険しいかおのままで腕組みをして、仁王立ちをしている。

「おまえのアホ話、店の常連に聞かせらんねぇんだよ。だいたいおまえ、元カレにする話か?アホなのかおまえは」

オレに申し訳ないと思わないのか。圭の恨み言ともとらえられるお説教は、しばらく続いて、だんだん収集がつかなくなっていった。おれが起こらせたときの毎度の恒例ではあったものの、今回は圭が彼氏のことで、悩んでいるのだとなんとなく、わかってしまった。おれの話のはずなのに、言葉のはしばしに相手への後悔がにじんでいる。

「圭の悪い癖だよ。それ」

一人で悩んで、勝手したオレには強くは言えないけど。どこか似た者同士だった自分たちが、どうしてうまくいかなかったのかなんとなくわかってしまった。多くは語らない、彼の小さなサインをいくつも見逃してきて、自分の選んだ選択だけが正しいのだと突っ走ってしまっていたんだろう。

「引いてばかりなんだから、たまには押してみなよ」

きっと強がってばかりいて、引っ込みがつかなくなったか、止め時がわからなくなったに違いない。昔、謝りたくても意地を張ってた時と同じ目をしている。それは圭が、本当に甘えられる相手を見つけたという証拠だ。普段はそつなく相手に合わせられる性格で、意地を張ることはない。相手は気が付いているんだろうか。当時の自分には気が付けなかった圭の気持ちを、受け止めてやれているのだろうか。だけど、心配をよそに時おり見せる圭の優しげな瞳が、今度は大丈夫だと言っているようだった。もう、ごめんを言えない自分には、どうしようもない後悔や懺悔が心のなかにこだましている。それでも、どうしても目の前にたってしまうと甘えた言葉を並べ立てて、不快にさせてしまうようだ。

「とりあえず、一度ちゃんと話せ。どうせ、その場しのぎに逃げたして来たんだろう?もう、話す相手はオレじゃねぇよ」

ポツリと圭がトレイを置きながら呟いた。

「それ食ったら、さっさと行ってこい。サービスしてやる」

注文のコーヒーにトーストとサラダが付いている。朝ごはんを食べ損ねていたことは、お見通しらしい。サクッとカリカリに焼いた厚めが好みだと覚えていてくれたのだろうか。ぶっきらぼうな優しさが、脳に心に栄養を運んでいくかのようだった。嫌がらせのようにピカピカとトマトとにんじんが輝いていた。しっかり、苦手なものも覚えていたのかもしれない。

「うん。戦う準備できた」

空腹が満たされたとたんに、意識は驚くほどクリアになっていった。佐藤がどんなつもりだろうと受けてたってやろうじゃないか。先輩だってところを見せつけるいいチャンスだ。情けない先輩は返上だ。

「圭」

「なんだよ」

店の出口までいって、名前を呼んだ。もう、懺悔ばかりの声じゃない。圭の声も恨み言だけじゃない、旧友に向けたトーンになっていた。

「サンキューな。お前も頑張れ」

「どっちがだよ」

苦笑したその顔は、昔のままだった。ただ、甘い柔らかさだけそこにはなかった。友だちとも呼べない、だけど確かに小さな残りカスのような感情はこれから昔話ができる友情へと変われるのだろうか。

「また、いつもの悪いクセだな」

相手の子とも考えずすがり付いてしまう。いつも、逃げ道を探して、弱腰だ。だけど、そうじゃない。きっと、必要なのは強くなる覚悟とその、証明だ。謝ることが出来ないなら態度で示していくしかない。いつか、遠い過去になったとき隣にいて良かったと1度でも思ってもらえるように、好きになって良かったと胸を張ってもらえる人間にならなきゃ、意味がない。道は別れたとしても、過去はなくならない。

「しゃっ」

だから、今を逃げない。
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