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ゴルゴ13の休暇

原作: その他 (原作:ゴルゴ13) 作者: paranto
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第九話

山小屋のテープル上にハンスの亡骸は置かれた。白いシーツで覆われている。
怯えたような表情でガイドが亡骸に目を落とした。
「……ハンスだったのか、可哀想に。時々狩猟の手伝いに来てたよ。おっかさんと二人っきりだというのに」
「…………」
唾を吐きたげな表情でガイドはバルーゾたちの遺体に目をやる。
「あいつらが相手じゃどうにもならんよ。あきらめるんだ」
ゴルゴの表情は動かない。ガイドはやれやれというように首を振る。
「マフィアなんだよ。俺らじゃどうしようもない。警察に言っても相手にされないよ。しっかりこれが効いてる」
ガイドは指で輪っかを作った。
ゴルゴは口を開かない。ただその黒く深い瞳でハンスの亡骸を見据えていた。

「……しかし連中はあんたを狙ってたみたいだな」
ガイドはためらいつつゴルゴの様子を伺った。
「余計なお世話かもしれないけどさ、なんであんたを狙ったんだい? まあ最初から普通の観光客とは違うと思ってたけど」
ゴルゴは口を閉ざしたままガイドを見ようともしない。ただハンスの遺体に目を落としている。
肩を落としてガイドはため息をついた。
「まあ、俺が詮索することじゃないな。あんたにだって事情があるだろうしさ。こうなっちまったからにはどうしようもない。ハンスは帰っちゃ来ないしあんたがマフィアの連中を殺っちまったのももうどうしょうもない」
ガイドは真剣な口調でゴルゴに訴える。
「とりあえず逃げなよ。仲間が殺されてるんだ、連中も黙ってない。すぐに仕返しに来るよ」
「…………」
ゴルゴはガイドから視線を外して壁際に歩み寄る。窓からじっと街の方を見据えた。
「昔はこの島も平和だったもんだが。観光客がたまに来るぐらいでさ。あの連中がくるようになってからさ、雰囲気が悪くなったのは」
うんざり顔でガイドは丸椅子に腰を下ろした。
「大体がひなびた島で出入りが少ないからな。やばい品の取引なんかにもってこいなんだよ。だから目を付けられた。見なよ」
立ち上がって港を指さす。
「波止場に大きな貨物船が止まってるだろ。こんな島には場違いだ。あんな船が来るときは決まって麻薬とか象牙とか金になるやばい品をやりとりするのさ。市長も警察も金が落ちるからだんまりなのもよくない。今じゃ立派な密輸の中継地だよ」

ガイドはゴルゴに向き直った。
「あんたのは正当防衛だ。俺が証言する。厄介ごとにまきこまれないうちに去ったがいい。警察とハンスのおっかさんには俺が話つけとくから」
「…………」

その日、小さな街は静かにしかし押し殺した強い感情のうねりに包まれた。

ハンスを入れた棺は街の人々に囲まれて墓地に向かう。参列者に東洋風の男はいない。
しめやかな一行は墓地に向かい、この街に少なくなっている若い命の早すぎる弔いを行う。

狭い町は皆が親戚のようなものだ。葬列が通り過ぎるたびに住人が花を棺に投げ、婦人に駆け寄って慰めの言葉をかける。

ハンスの母親は心ここにあらずというように人形のように足を進めている。周りを囲む人々の慰めにも機械のようにうなずくだけだ。
時折棺そばに掲げられたハンスの写真が目に入る時だけ、瞳に生色がよみがえる。

何度もつまずきそうになっては、そばの男たちに支えられる。
瞳には目の前の現実はなく、ただ絶望しか残っていない。

墓地に向かう曲がり角に来た際に一行は歩みを落とした。
棺を乗せた車がずれないように皆が手助けする。
そのせいか近くの空き家の陰から一行に目を向けている東洋風の男には気付かなかった。

男は一行の影がコメ粒ほどの大きさになるまで身じろぎもせずに視線を向けていた。

弔問客が帰った後でハンスの母親は呆然と壁を見据えていた。

狭い家の片隅に飾られたハンスの笑顔。婦人はハンスの写真に目をやっているがハンスが見えていない。
起こったことがあまりにも急であり、衝撃すぎて現実を受け入れられないのだ。

枯れ果てた目からもはや涙は出ようとしない。ただ苦痛と空虚さだけが身体からにじみ出て、孤独な部屋に染みてしまう。

婦人の心にあるのは怒りでも復讐心でもない。ただ最愛の相手の存在そのものと未来が消失したという事実が婦人の心を回復不能なまで打ちのめしていた。

昼間には顔見知りの警察官のリジュも参列に訪れていた。
たまに食事を作ってやっていたリジュは、婦人を部屋の隅に引っ張っていくと、申し訳なさそうに言った。
「その、犯人は分かってるんだが、ちょっと上の方から横やりが入ってる」
「…………」
「ハンスのためにも何とかしてやりたいんだが、私だけじゃどうにもならなくて」
婦人はうつむいて答えない。事情は説明されるまでもなく分かっていた。
「署長を説得してるんだがなかなか動かない。その……下手にやったら警察だって無事じゃすまないと。これ以上犠牲者は出せないって言うんだ」
苦し気にハンスの棺に目をやる。
「連中はシンジゲートだから武器も持ってる。この島のほんのわずかな人員じゃ手に負えない。ブラジルかスペインの政府に働きかけたがいいと思ってる。それにはあの人の協力も必要なんだが……」
棺のそばで祈りをささげてる町会議員の背中を見やる。
「……かまいません
「えっ?」
「ハンスが帰ってくるわけでもなし…… もうどうでもいいです」
婦人の瞳にたたえられた絶望感に、リジュは苦し気にうめく。
「なんとかするから……私も全力を尽くす。もう少し待っていてくれ」
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