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ゴルゴ13の休暇

原作: その他 (原作:ゴルゴ13) 作者: paranto
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第五話

机に身体を伏せてゴルゴは照星に目を細めている。鉄板で目先がさえぎられているがまったく動揺する様子はない。
ゴルゴは感覚で距離と照準を図るように呼吸を細めた。眉一つ動かさずに引き金を引く。
何倍もの爆音が屋根を震わす。外の通行人が何事かと一瞬足を止める。

弾丸は鉄板をすべて貫いていた。人型の的の中央から2ミリほどずれて穴を穿っていた。
ゴルゴは黙って的の穴に目をやっている。
背後で狂ったように店主が手をたたく。
「すげえ、信じられんよ!」
ゴルゴに駆け寄ってくる。
「まったくビクともしないじゃなか、ええ? あんたにかかるとこりゃおもちゃだ」
「……弾道が揺れてない」
「えっ?」
ゴルゴは親指で的を指す。
「あれだけ遮蔽物を貫けば弾道はそれる。だがまったくズレがない」
「ははっ、そうさ。だから言ったろう。こいつは特別だって」
店主は陽気な笑顔を見せる。
「だてにわしが腕によりをかけた代物じゃない。どうだい。気に入ったかい?」
銃身に目を落としながらゴルゴは頷いた。
「ああ。これほどの物は扱ったことがない」
「猟にいくならこれを使うかい?」
「そうだな」
「ただこの鉄砲だと弾丸も特注になる。その分これが張るがね」
指先で輪を作る店主。まるで意に介することなくゴルゴに頷いた。
「かまわない。弾も用意してくれ」
机に札を滑らせる。
「よしきた」
身体をひょこつかせながら店主は勇んで店に戻っていく。
しばらくすると弾二箱と弾丸ベルトを店主は持ってきた。

「これはサービスさ。わしの鉄砲で楽しんできてくれ」
親父はベルトをゴルゴにたすき掛けにかけてやった。

ホテルの中庭に座ってゴルゴは銃を磨いていた。
言うまでもなく例の銃砲店の親父の特製銃であった。
銃身が大柄で重いだけに全身を使ってゴルゴはグロスを走らせていた。

丁寧に拭き終わると布をテーブルに置いて弾丸の入った箱を手元に引き寄せる。
特製の強化弾丸をベルトに押し込もうとして表情が曇る。

特殊な改造を施しているだけあって、弾丸が太すぎるのだ。定型サイズ用に作ってある弾丸ベルトでははじかれてしまう弾も出てくる。

舌打ちしてゴルゴは弾丸を拾い上げると、上着のジャケットのポケットに入れた。ポケットをまさぐっていて違和感を覚えて引き出すと例の少年にもらった花が出てきた。

ゴルゴはその濃い黒い瞳をじっと花の上に落とした。

片隅から鈍い音とともに人影がよぎる。ゴルゴは瞬間的に立ち上がって態勢を変え銃を向けた。
「…………」
一瞬で表情がゆるむ。銃口の先では例の少年がとまどったように両手をあげていた。
「待って、おじさん。撃たないで」
黙ってゴルゴは銃口を下げて再び腰を下ろした。
少年はほっとして小走りに駆け寄ってくる。
「びっくりしたよ。いきなり銃を向けるんだもん」
「近づくならは必ず声をかけることだ。忍び寄ってこられたらこっちも誤解する」
「はあい」
少年はいたずらっぽく舌を出した。
「道でおじさんの姿が見えたからさ。ぼくんちはすぐなんだよ」
「……そうか」
「これ猟銃? おじさんも山で狩りをするんだね」
「ああ」
じっとゴルゴが銃を磨くのを見つめる少年。
「ママがね、シチューとスッパゲティを作ったんだ。おじさんも食べにおいでよ」
「…………」
「シチュー、嫌い?」
「いや」
「じゃあいいじゃん。おいでよ」
腕時計に目をやるゴルゴ。
「……そうだな」

「日本? ずいぶんと遠い所からいらっしゃったのね? 一度だけマグロを取りにきた漁船の人なら見たことあるわ」
テーブルに皿を並べながらエプロン姿の夫人が言った。小さな貧しいアパートだが、室内は片づいていて整頓され清潔だった。
「ブラジルなら日系の人も多いよね。でもこの島じゃ一人もいないから」
テーブルの向かいににこにこしながら少年が笑っている。
「ママ、おじさん明日山に狩りに行くんだって」
「そうなの。この島にはカジノも遊び場もないからねえ。泳ぐか山で猟をするか……大人だと退屈しかねないわ。今回は観光でいらっしゃったの」
「いや、ブラジルで仕事だった。思いのほか早く片付いて。ついでに休暇にきた」
ハンスはテーブルに身を乗り出してゴルゴの顔を覗き込む。
「おじさん何のお仕事してるの?」
「…………」
「ほら、あれこれ人のことを詮索するもんじゃないわ、ハンス」
「はぁい」
ハンスは舌を出して頷いた。ゴルゴは二人のやりとりをまるで気にする様子が無い。
「山に猟にいるならね、いいところ教えてあげるよ。こんな大きいキジがいるの」
両手を大きく広げてハンスは笑った。
「あんたの仕事が終わったら案内してあげるといいわ」
「どの辺を回るの?」
「西の森辺りが獲物が多いと聞いた」
「あの辺にいるんだね。夕方ぐらいに行くから」
「…………」
シチューをすくって口に入れるゴルゴ。
「どう? 東洋の方には味付けがキツいかしら?」
だまってゴルゴは首を振った。
「いや、とてもいい味だ」
「まあうれしいわ。死んだ主人もお気に入りだったのよ。そのシチューは」
温かな笑いがテーブルにこぼれた。
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