ラティウムの騎士・メイリアの最後の日
緑の楽園・ラティウム王国。
青空に向かってまっすぐ伸びる牧草地に囲まれたこの国は、1年を通して穏やかな気候に恵まれている。
家畜を育てるには適した環境であり、民達はラティウム王政によって区画された地域ごとに卵、乳製品、精肉、毛織物を生産している。
国外からその質の高さが評価され、ここ近年で酪農の栄光を極めた。
そんな国を守るのは、今年で結成100年となる『ラティウム騎士団』。
元は家畜を狙う賊からの被害を防ぐために募った有志達の団体だった。
長い歴史を経て規模が拡大し、その存在意義がラティウムの秩序と正義を守るものと変化していった。
現在、総勢2500の騎士達は王政の管理下で日々鍛錬と巡視に励んでいる。
そして近年、とある逸材が民達から絶大な支持を得ている。
その人の名はメイリア。
風に揺れる金色の短髪。
闘志の炎のような緋色の瞳。
華奢な体を生かした軽い身のこなしと鮮やかな剣捌きが一際目を引く。
16歳にして未来の団長との期待が上がる若き騎士。
そして、唯一の女騎士である。
史上初となる、女性の騎士団長が率いるラティウム騎士団……
そんな未来を誰もが予想していた。
もちろん、メイリア自身も。
*
とある日の11月。
夕日が差し込むラティウム城にメイリアは一人、足を運んだ。
国王陛下から出頭を申し込まれたからだ。
凛とした表情で謁見の間に出向き、陛下とその妃の前で片膝をついた。
「メイリア、ただいまここに参上仕りました」
変声期を迎える前の少年のような声が3人きりの部屋に響いた。
「面を上げよ」
威厳が込められた低くて重い口調。
陛下の言葉の通り、ゆっくり顔を上げるメイリア。
その緋色の瞳が目の前の2人を静かに見据えた。
「本日は大切な話があってここに来てもらった。ラティウムの未来に関わることだ。心して聞きなさい」
「……はい」
メイリア少し身構えた。
謁見の間に入るまでは、いつものように遠征の護衛の依頼なのだろう、それくらいの考えしかなかった。
しかし、陛下の前置きの言葉を耳にした途端に嫌な予感がしたのだ。
「『シルベウス』という国に聞き覚えはあるか」
「シルベウス……極北に位置する王国ですか」
「左様。鉱山業が盛んで、今勢いのある発展途上国だ」
「そこが何か?」
「以前からラティウムはシルベウス王政と交流があり、度々大臣らと会談や文通のやり取りを行なっていただろう」
「えぇ」
「この度、両国の友好の証としてシルベウスの王子との婚姻が決まったのだ」
「……誰と?」
「決まっているだろう。メイリア、お前とだ」
「はぁ!?」
メイリアが血相を変えて立ち上がった。
「明日の朝ここを発ってもらう。今晩は出家の準備をしなさい」
「ちょっと……ちょっとお待ちください陛下!」
「陛下ではなく『父上』と呼びなさいメイリア」
ピシャリと妃が口を挟んだ。
「あなたは産まれながら王家の人間、ラティウムの姫だということをお忘れなのですか?」
ラティウムの姫。
その言葉を耳にした途端、メイリアの眼光はさらに鋭くなった。
「それはとうの昔に葬り去った肩書きです。今の自分は騎士としてラティウムを支えています。今日までの自分の功績は騎士団長を通してお二人の耳に届いていると思うのですが?」
臆することなく強い口調で言い返した。
「報告は受けている。だがそれも今日までだ。姫としてのお前の役目を思い出し、全うしなさい」
「なっ……」
あまりにも淡白な反応に、唖然とした。
しかし次第に、そして確実に胸の奥からモヤモヤとした熱いものがこみ上げてきた。
同時に拳は震え上がり、眉間に力がこもる。
やがてそれらは憤りとなり、メイリアの口から言葉となって吐き出された。
「自分はこの手で、この剣でラティウムの秩序と平和を守ってきました!あなた達のお役にも立ってきたではありませんか!それなのに突然姫として結婚しろだなんて……あまりにも勝手すぎる!」
「勝手なのはお前の方だろう。幼い頃に何を血迷ったのか……騎士になると宣言して以来、お前の存在を『病弱だから』という嘘で固めて世間から隠してきたんだぞ。城を抜け出し、レッスンも行事も放棄し、騎士達と伸び伸びと好きなことをしながら生きてきたお前は私達に感謝する立場にあるのではないか?」
「感謝……?何をおっしゃっているんですか……」
「この国のことを本当に思っているのなら、お前のわがままのために長年世間を騙していた私達の言葉を聞くんだ。シルベウスは今非常に勢いのある国。そこの王政と強い結びつきがあればラティウムも安泰、お前も何不自由なく姫としての幸せを得られるだろう」
ぐらりとメイリアの目が眩んだ。
全身を駆け巡る血が煮えたぎるように彼女の体を熱くした。
荒くなる呼吸で胸も苦しくなってくる。
「メイリア、聞いているのか」
一本の綱を頼りに崖から這い上がろうとするも、突然バチンと音を立てて切られたような感覚。
決して楽ではなかった道のりの苦労が水の泡になるどころか、泡にすらならない無に還るのだ。
「……そんなの絶対に許さない。こんなの、自分は断じて認めぬ!」
絞り出すような声で最後の反抗を見せるメイリア。
そのまま踵を翻し、謁見の間を後にした。
足早に城の廊下を抜け、城の扉を出た途端に走り出した。
逃げるような速さで騎士団の寄宿舎に向かうメイリア。
負の感情を吹き飛ばすように風を切っていく。
途中ですれ違う騎士達はその迫力に圧倒され、呆然と彼女を見送るしかできなかった。
「どうしたんだメイリア?様子変だったよな」
「喧嘩でもしたかぁ?」
適当な憶測を並べている彼らの前に、1人の男が現れた。
「あっ、スターリン団長……!お勤めご苦労様です!」
騎士達が次々と敬礼していく。
スターリンは、強さと懐の広さと大らかさも持ち合わせた誰もが敬うシルベウス騎士団長。
そんな彼が浮かない顔をして騎士達にこう命令した。
「今すぐ全員食堂に集まれ。ただし、メイリアにバレないようにな」
青空に向かってまっすぐ伸びる牧草地に囲まれたこの国は、1年を通して穏やかな気候に恵まれている。
家畜を育てるには適した環境であり、民達はラティウム王政によって区画された地域ごとに卵、乳製品、精肉、毛織物を生産している。
国外からその質の高さが評価され、ここ近年で酪農の栄光を極めた。
そんな国を守るのは、今年で結成100年となる『ラティウム騎士団』。
元は家畜を狙う賊からの被害を防ぐために募った有志達の団体だった。
長い歴史を経て規模が拡大し、その存在意義がラティウムの秩序と正義を守るものと変化していった。
現在、総勢2500の騎士達は王政の管理下で日々鍛錬と巡視に励んでいる。
そして近年、とある逸材が民達から絶大な支持を得ている。
その人の名はメイリア。
風に揺れる金色の短髪。
闘志の炎のような緋色の瞳。
華奢な体を生かした軽い身のこなしと鮮やかな剣捌きが一際目を引く。
16歳にして未来の団長との期待が上がる若き騎士。
そして、唯一の女騎士である。
史上初となる、女性の騎士団長が率いるラティウム騎士団……
そんな未来を誰もが予想していた。
もちろん、メイリア自身も。
*
とある日の11月。
夕日が差し込むラティウム城にメイリアは一人、足を運んだ。
国王陛下から出頭を申し込まれたからだ。
凛とした表情で謁見の間に出向き、陛下とその妃の前で片膝をついた。
「メイリア、ただいまここに参上仕りました」
変声期を迎える前の少年のような声が3人きりの部屋に響いた。
「面を上げよ」
威厳が込められた低くて重い口調。
陛下の言葉の通り、ゆっくり顔を上げるメイリア。
その緋色の瞳が目の前の2人を静かに見据えた。
「本日は大切な話があってここに来てもらった。ラティウムの未来に関わることだ。心して聞きなさい」
「……はい」
メイリア少し身構えた。
謁見の間に入るまでは、いつものように遠征の護衛の依頼なのだろう、それくらいの考えしかなかった。
しかし、陛下の前置きの言葉を耳にした途端に嫌な予感がしたのだ。
「『シルベウス』という国に聞き覚えはあるか」
「シルベウス……極北に位置する王国ですか」
「左様。鉱山業が盛んで、今勢いのある発展途上国だ」
「そこが何か?」
「以前からラティウムはシルベウス王政と交流があり、度々大臣らと会談や文通のやり取りを行なっていただろう」
「えぇ」
「この度、両国の友好の証としてシルベウスの王子との婚姻が決まったのだ」
「……誰と?」
「決まっているだろう。メイリア、お前とだ」
「はぁ!?」
メイリアが血相を変えて立ち上がった。
「明日の朝ここを発ってもらう。今晩は出家の準備をしなさい」
「ちょっと……ちょっとお待ちください陛下!」
「陛下ではなく『父上』と呼びなさいメイリア」
ピシャリと妃が口を挟んだ。
「あなたは産まれながら王家の人間、ラティウムの姫だということをお忘れなのですか?」
ラティウムの姫。
その言葉を耳にした途端、メイリアの眼光はさらに鋭くなった。
「それはとうの昔に葬り去った肩書きです。今の自分は騎士としてラティウムを支えています。今日までの自分の功績は騎士団長を通してお二人の耳に届いていると思うのですが?」
臆することなく強い口調で言い返した。
「報告は受けている。だがそれも今日までだ。姫としてのお前の役目を思い出し、全うしなさい」
「なっ……」
あまりにも淡白な反応に、唖然とした。
しかし次第に、そして確実に胸の奥からモヤモヤとした熱いものがこみ上げてきた。
同時に拳は震え上がり、眉間に力がこもる。
やがてそれらは憤りとなり、メイリアの口から言葉となって吐き出された。
「自分はこの手で、この剣でラティウムの秩序と平和を守ってきました!あなた達のお役にも立ってきたではありませんか!それなのに突然姫として結婚しろだなんて……あまりにも勝手すぎる!」
「勝手なのはお前の方だろう。幼い頃に何を血迷ったのか……騎士になると宣言して以来、お前の存在を『病弱だから』という嘘で固めて世間から隠してきたんだぞ。城を抜け出し、レッスンも行事も放棄し、騎士達と伸び伸びと好きなことをしながら生きてきたお前は私達に感謝する立場にあるのではないか?」
「感謝……?何をおっしゃっているんですか……」
「この国のことを本当に思っているのなら、お前のわがままのために長年世間を騙していた私達の言葉を聞くんだ。シルベウスは今非常に勢いのある国。そこの王政と強い結びつきがあればラティウムも安泰、お前も何不自由なく姫としての幸せを得られるだろう」
ぐらりとメイリアの目が眩んだ。
全身を駆け巡る血が煮えたぎるように彼女の体を熱くした。
荒くなる呼吸で胸も苦しくなってくる。
「メイリア、聞いているのか」
一本の綱を頼りに崖から這い上がろうとするも、突然バチンと音を立てて切られたような感覚。
決して楽ではなかった道のりの苦労が水の泡になるどころか、泡にすらならない無に還るのだ。
「……そんなの絶対に許さない。こんなの、自分は断じて認めぬ!」
絞り出すような声で最後の反抗を見せるメイリア。
そのまま踵を翻し、謁見の間を後にした。
足早に城の廊下を抜け、城の扉を出た途端に走り出した。
逃げるような速さで騎士団の寄宿舎に向かうメイリア。
負の感情を吹き飛ばすように風を切っていく。
途中ですれ違う騎士達はその迫力に圧倒され、呆然と彼女を見送るしかできなかった。
「どうしたんだメイリア?様子変だったよな」
「喧嘩でもしたかぁ?」
適当な憶測を並べている彼らの前に、1人の男が現れた。
「あっ、スターリン団長……!お勤めご苦労様です!」
騎士達が次々と敬礼していく。
スターリンは、強さと懐の広さと大らかさも持ち合わせた誰もが敬うシルベウス騎士団長。
そんな彼が浮かない顔をして騎士達にこう命令した。
「今すぐ全員食堂に集まれ。ただし、メイリアにバレないようにな」
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