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みんなのSUMIKA

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: そばかす
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第1話

 天井にはさまざまな形をしたオモチャの雪の結晶が、壁には色とりどりの折り紙の鎖が、窓には霜のように白い絵のシールが、食堂を飾っている。
 ふだんは椅子やテーブルが主だが、今は片隅に追いやられ、一本のもみの木が、年に一度の晴れ舞台、とその玉座に返り咲いている。
 そのもみの木の両脇にはかしずくように、ふたりの女がいた。
 ひとりはセーラー服を着た、すらりとした高校生の少女。
 もうひとりは、大きな体をした中年女性。
 ふたりとも、いや、この食堂にいる全員が、エプロンをつけている。
 特別養護老人ホーム悠(ゆう)寿(じゅ)美(び)苑(えん)のクリスマス会会場の準備中。
 エプロンをつけているのは、介護職員たちにはいつものことで、セーラー服の少女は制服を汚さないためだ。
 クリスマスソングでお馴染みの『赤鼻のトナカイ』の曲が流れてきた。
「真っ赤なお鼻の トナカイさんは」
 大人たちに混じる、唯一の学生である少女は、ことさら陽気な調子で歌いながら、もみの木を飾りつけている。
 だが、その目の下には少しくまがあり、不安定な躁状態のようにも見えた。
「寿美花ちゃんが手伝ってくれて、ほんと助かるわぁ。ありがとね」
 中年女性の介護職員にそう言われて、セーラー服姿の少女は照れつつも、
「わたしなんか……。むしろベテランの要(かなめ)さんがいてくれて助かってます。ありがとうございます」
 西園寺寿美花(すみか)が心からそう言うと、要は目尻に皺を寄せて微笑んだ。その目の下には、寿美花同様、黒いくまがある。
「介護の仕事をやっててね……」
 箱から小さな金色の星々を取りだしながら、要は呟くように、
「一番嬉しいのはお礼を言われることだわ。……利用者のお年寄りから、そのご家族から、同じ職員から、ね。『ありがとう』って言われると元気が出ちゃう。大変な仕事の割りに給料が少ない、って夫や息子や友人に言われても、続けている理由ってそれなんだろうなぁ……」
 寿美花は、色とりどりの可愛らしい玉を使ってもみの木をまた一歩クリスマスツリーへと近づけながら、ただ黙って聞いていた。
「そんな要さんがいてくれて、よかったです。本当によかったです。……この人手不足の悠寿美苑がこうしてどうにかこうにか回っているのは、要さんや職員の皆さんのおかげだから」
「あらあら、ひとり忘れてるじゃない?」
 要が微笑む。
「えっ?」
「施設長の娘で、毎日のようにボランティアでお手伝いしてくれている女子高生を」
 一瞬きょとんとしていた寿美花だったが、自分のことだとわかると、くすりと、小さく笑った。
 笑って、ちょっと元気が出た。要もそうだったらしい。思いのほか作業が早く進み、雪に見せかけた綿をふたりは載せて、最後に寿美花がツリーのてっぺんに一際大きな星を配置して、完成した。
「やった! できましたねっ」
「毎年のことだけど、やっぱりこうして本物のもみの木を使うと見栄えがいいわぁ」
 うんうん、うなずきながら、要と寿美花は、クリスマスツリーの周囲を回って、最終チェックした。大丈夫そうだ。
「要さぁーん、お忙しいとこ、すみません! もしお手すきでしたら、こちらも手伝って頂けませんかー?」
 食堂の端のほうから声が上がった。わざわざ近くまで呼びに来れないほど忙しいらしい。
「あらら、呼ばれちゃった」
 おどけた調子で要は言い、
「ほら、やっぱり要さんは頼られてますよ?」
 寿美花も調子を合わせた。
「じゃあ、悪いけど、寿美花ちゃん……後、任せるね?」
「はい。後は移動だけですし、他の人と協力します」
「うん」
 要はうなずくと、すぐさま声のしたほうへと歩いていった。天井にプラスチック製の雪の結晶をぶら下げている脚立の横を足早に通りすぎ、色紙でサンタや雪だるまを作っている脇を抜ける。どこもかしこも大忙しといった有様だ。
 この悠寿美苑では、介護職員はおよそ二十名くらい働いている。現在介護に当たっている者、休日の者、夜勤の者などをのぞいて、ほぼ総出でクリスマス会の準備を行っていた。
 天井にも壁にも窓にも飾りつけ。まるでお祭りのような、文化祭前夜のような賑やかさだが、そのあまりの元気の良さは「空元気」という言葉を連想させた。
 寿美花は頭を振って暗い想像を打ち消し、ことさらに明るい笑顔を浮かべて、通りかかった新人の女性介護職員を呼び止めた。
「あっ、新見さん……お忙しいところ悪いんですけど、少し手伝ってもらえませんか?」
 まだ汚れもしわもほとんどないエプロンをした新人介護職員は、立ち止まった。
「はい……いいですけど……あれ?」
 彼女はクリスマスツリーに目を留めて、困惑した。
「あの……もうツリーの飾りつけは終わっているように見えますけど……?」
 新人介護職員は、飾りの入っていた段ボール箱が空になっているのを確かめた。寿美花は首を横に振る。
「いいえ、このクリスマスツリーをもうちょっと扉から遠ざけたいの……ほら、車椅子で通りやすいように」
「……あっ……ああ。そうですよね」
 やっと納得がいったらしく、彼女は頷いた。
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