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みんなのSUMIKA

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: そばかす
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第17話

 その不審者は百八十センチ以上ありそうな長身で、間違いなく直次ではない。そもそも目の色が違う。カラーコンタクトでもはめていれば別だろうが、青い瞳の色をしていた。顔の九割くらいを隠されているため、表情が読めない。
「ドージョーヤブリか?」
 まさか真っ昼間の庭先で変質者と出会うなど想像もしていなかった寿美花は、あえぐだけで声が出ない。
「ヘンジはどうしたってばよ? やっぱりドージョーヤブリか?」
 顔まですっぽりと隠した黒い不審者が、再度訊ねてきた。
「わ、わたしは……西、園寺……寿美花と言います」
 へたり込んだまま、寿美花はどうにかこうにか答え、自分の手元に菓子折りがあるのに気づいて差しだした。
「こ、これを直次くんに……。昨日ご迷惑をおかけしたので。道場破りでは決してありません」
「Oh! ノリツグのシリアイか!」
「……え、ええ、そうです」
 黒の頭巾と黒い口当てを取って現れたのは、怖そうな人相ではなく、愛嬌のある顔立ちをした金髪碧眼の若い女性だった。頭巾で覆われていたのでわからなかったが、金色の髪をしていたのだ。美人と言っていいかもしれない。
 寿美花はやっと人心地ついて、立ち上がって、セーラー服のスカートのお尻についた土埃を払った。直次くんがいなくて良かった、と赤面しながら思った。相当恥ずかしい格好だったため、もし見られたらと考えただけで体温が上がる。
 一度混乱から立ち直ると、老人ホームでさまざまな年代の人と交流のある寿美花は、物怖じせず訊ねた。
「あの……あなたはどなたですか? もしかして、この古武術道場の門下生さんですか?」
「イエス! ナマエはアビゲイル・ウォーターズだってばよ。ワタシ、ニンジャなるため、はるばるカナダからやってきたってばよ!」
「忍者? えっと……手裏剣とか投げるあれ?」
 手の平を擦り合わせて、手裏剣を投げるような仕草を、寿美花はしてみた。
 満面の笑みを浮かべて、「イエス!」と力一杯うなずくカナダ人女性。
 寿美花は愛想笑いを浮かべようとして失敗して、苦笑いを浮かべてしまった。変わった語尾と忍者という言葉から、親日家ではなく、少し日本を勘違いした、いわゆる「オタク」らしいとわかった。
「さっきはスイトンのジュツのケイコをしていたんだってばよ」
 忍者が水中に隠れて、竹筒などをシュノーケル代わりに潜水する、あの水遁の術のことだろう。どうやら本気で忍術の修行をしていたらしい。それに改めて見れば、彼女が着ている黒一色の出で立ちは、忍者の装束だった。
「あ、あのね……忍者って、もう日本にはいないんですよ?」
 親切心と申し訳なさをブレンドした声で、寿美花はそう伝えた。
 満面の笑みを浮かべたまま、大柄なカナダ人は大きくうなずいた。
「オーケー、オーケー!」
 気軽にそう返事するのを聞いて、寿美花はほっと一息つき、呟いた。
「はぁ……よかったぁ……。てっきり本気で忍者がいると思って、カナダから日本にやって来て、忍者を目指しているのかと思いました」
 そんな寿美花の安心をよそに、黒ずくめのアビゲイルは口を開いた。
「オーケー、オーケー、オモテムキはね? オモテムキはそーね? わかってるだってばよ」
「……へ?」
 寿美花は安心した顔から一転して、ぽかんと、高い位置にある顔を見つめた。その青い瞳は真剣そのものだ。
「い、いいえ! 表向きだとか、どうとかじゃなくて、本当のホントに今の日本に忍者はいないんです!」
「オーケー、オーケー、ニホンジンみんなダイスキね、タテマエ。みなカクしてる」
 この忍者が大好きなカナダ人の説得は無理だと、寿美花は諦めた。どうやら彼女は、自分が外国人だから日本人たちは皆隠しているが、忍者はまだこの日本にいると信じこんでいるらしい。
「シュリケンもシュギョウしてるだってばよ!」
「手裏剣も?」
 水遁の術だけでなく、手裏剣まで稽古していると聞いて、寿美花は驚いた。本当にそんなことをしているんだろうか?
「シショー、シュリケンもうまいね! ベリーストロングだってばよ!」
「あの、手裏剣って本当に修行してるんですか?」
「ああ、してるよ」
 ふいに男の声がした。
 振り向くと、母屋のほうから一本歯の高下駄を履いて、日向直次がこちらに歩いてくるところだった。今日も柔道着に袴を穿いた稽古衣姿だ。
「日向風姿流古武術道場では、手裏剣術も教えてる。剣術や柔術と一緒に」
「あっ、直次くん。急に来ちゃってごめんね。お邪魔しています」
 寿美花は軽く会釈した。
「どうしたんだ、わざわざうちに来たりして」
「あの、これ……うちのママから。ご迷惑をおかけしたので、そのお詫びに、って」
 寿美花は菓子折りを差しだし、直次が受けとった。
「菓子折りか。……わざわざ悪いな。気にしなくていいのに」
「まあ……それもあるんだけどさ……」
 寿美花は後ろに手を組んで、ちょっともじもじと動かして、視線をそらした。
「ん?」
「ママが、わたしが持って行くようにって、うるさくて……」
 なぜか顔を赤らめている寿美花を見て、直次は寿美花の母に冷やかされたことを思い出した。もしかしたら娘の縁を取り持つようなつもりで持っていくように言ったのかもしれない。そう気づいて、直次も照れて視線をそらし、指先で頬をかいた。
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