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スイと狼殿

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第34話

 ザッパーの絶叫が森にこだました。
 ナハトは、ザッパーののど仏を噛み千切ると、そこから噴き出す血がスイに掛からないように、壁になった。
 ナハトの全身にザッパーの血が降りそそぐ。
 ナハトの顔色は普通の人間にはまったく変わっていないように見える。狼の鋭い瞳で、ザッパーの崩れゆく死体を見つめている。じっと見つめている。
 けど、もしスイがこのとき目覚めていてナハトの顔を見たのなら、すごく悲しそうな顔をしている、そう思って、きっと慰めただろう。
 ナハトはザッパーがスイをさらった時もまだザッパーを殺すつもりはなかった。もしザッパーがスイを人質にとるような真似をしなかったなら、なんとか命だけは助けただろう。この優しさゆえに、ナハトは一度は瀕死の重傷を負ってパルスの森に隠れることになったのだ。しかし、優しすぎるナハトだからこそ、重傷を負って、スイに出会い、スイと旅をできるようになったといえるかもしれなかった。
 元々モームの部下で、魔物であるザッパーを快く思っていなかった兵士や魔道士たちは、ナハトやスイを攻撃してくることもなく、早々に引き上げていった。
(たしかにモームの部下たちは優秀な魔道士や兵士ばかりだが、……信頼すべき相手を間違えたな、ザッパー)
 ナハトは同胞の冥福を祈り、天に向かって一声吠えた。

 アスラム王子は片膝をつき聖剣バルガッソーを地に突き立て、うつむいて荒い呼吸を繰り返していた。いついかなるときも金色の輝きを放っていたはずの金髪はくすみ、青い瞳には疲労の色があらわれている。聖王騎士団のシンボルでもある白い制服はあちこち引き裂かれ、聖王騎士団の誇りであるはずの記章にはヒビがひっていた。白い竜のレリーフの目の下にヒビが一本入って、まるで竜が涙を流しているかのように見えた。
 アスラム王子は呼吸を整えると、立ち上がり、聖剣バルガッソーの刃を地面から引き抜いて構えた。
 その瞳には不屈の精神が宿っている。
 その瞳を見て、宰相モームはにこやかにアスラム王子に話しかけた。
「どうです? あなたはこの世界で初めて真の王、超王の前に跪く名誉が与えられたのですよ」
 力尽くで片膝をつかされただけだ、といつものアスラム王子なら言い返しただろう。だが、乱れた呼吸を整えているだけだ。
 アスラム王子から白い光の柱が立ち上っている。狂戦士モード。アスラム王子がおいそれと使うのをためらうほどの能力。それを引き出しているにもかかわらず、宰相モームは無傷――それどころか衣服に塵一つついていない。
 アスラム王子は呼吸を整えると、ハッという短い呼気とともに聖剣バルガッソーを宰相モームに振りおろした。
 この一撃をもし宰相モームが避けていたのなら、無傷であるのもうなずけた。
 だがしかし、宰相モームは丸々とした芋虫のような指をした右手で聖剣の一撃を受け止めていた。素手だ。宰相モームの右手は五指がへし折れ、ほとんど原形をとどめていない。聖剣の放った突風で袖はびりびりに破けていた。
 聖剣バルガッソーの一撃を受けたとは思えない、信じられないほどの軽傷。痛みさえも感じていない様子だった。宰相モームの左胸を中心に強力な力が泉のように無限に湧き出していた。
 普段のアスラム王子ならさらに一撃を加えるだろう。かりに宰相モームが無事な左手で一撃を受け止めても、さらに一撃を加えれば、今度こそ決まる可能性がある。
 だが、アスラム王子は宰相モームから距離をとった。この戦闘がはじまってから初めて、かなり距離をとる。荒い息を吐いた。
「おや? もう終わりですか? 聖王国フィラーンを守り、聖王グリムナードの末裔でもある聖王騎士団団長などとたいそうなことを言われている割にはたいしたことありませんねえ。まあ、わたくしとしてもこの体の試運転ができて喜ばしい限りですがね。アスラム王子に勝てるということは、どの騎士団の隊長と戦っても勝てるということがはっきりしましたしね。まずは二番隊隊長エスカリテ・S・フリードにしましょうか。わたくしに鈴をつけた罰です。それに物騒なところさえなければなかなか好みですしね」
 宰相モームの体は、傷を負ってから一瞬で再生していた。アザや傷痕さえも残らず完璧に。その上、衣服さえも綺麗に元のまま塵一つついていない状態に戻るのだ。魔法でそのようなことが不可能でないことは事実だが、普通、戦闘中に衣服にまで気を配ったりしない。
「……それが、超王とやらの証拠というわけか?」
「ええ。王子のお手自ら確かめて頂いたように、このような再生能力を有しておりまして。無論、王子ならそういった魔法があるのはご存じかと思いますが……」
「どれもこれも桁外れというわけだ。再生能力や身体能力強化、おそらく僕達の会話を盗み聞きした《ウィス》の魔法にしても、普通では考えられない力を発揮している」
 アスラム王子はうつむいて呟く。
「これほどの力を持つ者が何人も現れたら聖王騎士団も無力といわざるをえないな」
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