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スイと狼殿

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第31話

 ナハトとアスラム王子は互いに相手のセリフにそれ以上、深入りしなかった。お互い相手のことを嫌い抜いていたが、それゆえに不思議な安定した関係が成立しつつあった。知力、武力、教養、容姿ともに互いを認めてはいるのだ。それになによりナハトにもアスラム王子にも相手がスイに危害を加えることがないということで、信頼を深めていた。それは直感のようなものだったが、超一流の戦士でもあるナハトとアスラム王子は、自意識過剰とまで言えるほど自分の直感を信じていた。その直感は何度となく、自分や仲間の命を救ってきたのだ。
 アスラム王子とナハトは睨み合うように見つめ合っていた。
 エスカリテには睨み合っているようにしかみえない。互いに交わした言葉だけを考えれば、互いに相手の質問を煙に巻いたように見える。だからこそアスラム王子が現在調査中の最重要機密のキーワードを言ったのには、エスカリテは本当に腰が抜けそうなほど驚いた。
「超王計画」
「超王計画?」ナハトはつぶやいた。どうも聞いたことのない単語だったらしい。
 アスラム王子は当てが外れたらしく顔をしかめた。「てっきり、この話で来たのかと思ったが、違ったか?」
 僕の勘も外れることがあるのかな、と不満げにつぶやいて話を続けた。
「聖王も魔王も超えた存在、超王をつくる計画だそうだ」
 簡潔明瞭なアスラム王子の言葉に、ナハトが反応した。
「なるほど、超王計画とフィラーンでは名づけていたのか……。超王ね」
 ナハトは唇の端を曲げた。そのネーミングセンスの悪さを嘲笑っているらしい。
「どうやら何か知っているらしいな。聞こうか」アスラム王子がナハトに言った。
「こっちでは、……魔物たちの間では、魔法融合計画と呼んでいる。呼んでいると言っても、おそらくそっちで超王計画とやらの名前をほとんどの人間が知らないように、こっちでも知られちゃいない。……人間側の魔法と魔物側の魔法を結びつけて何やらしでかそうって計画らしいな」
 エスカリテは顔色を変えた。人間と魔物が相容れない関係である以上、魔法の技術についても交流などない。少なくとも、魔歴の一九二年間と聖歴の一九二年間、およそ四百年の間にはなかったことだ。
「俺はてっきり魔物たちが人間の魔道士を適当に拐かしたり、脅したりすかしたりして、仲間に引き込んでいるのかと思っていたが……」
「なるほど、一体どうやって超王なんてものを作ろうというのかと思っていたら、人間と魔物の魔法技術の融合か……言われてみれば、これしかないという方法だな……」
「問題の重要性が増したのは聖王都フィラーンが絡んできた辺りからだな。魔物の仇敵ともいうべき聖王都が絡むとなると話が全然違ってくる。魔法技術と一口に言っても中央と地方では全然別物だからな。中央の魔法技術か……」
「魔物の魔法技術は侮れないからな。それとこちらの超一流の魔道士の力が加わって行うとなれば……」
 エスカリテはハラハラしながら二人を見ていた。ふたりとも独り言を言っているかのように相手の顔を見ず、自分の思考に深く沈んで淡々と話している。が、奇妙に話が噛み合っている。
 アスラム王子とナハトの目が合った。
「超王とやらはできるな」
 二人の声が重なる。
 超王など聖王の血を引くアスラムにとっては面白くない事この上ない。偉大なる祖先を事もあろうに魔物と手を組んで、超えようというのだ。激しい憤りを覚えていた。
 その感情はナハトも全く同じだった。自分たちのもっとも偉大な祖先のひとりである魔王ファランクスを滅ぼした相手と手を組んでいるのだ。しかも一九二年前とはいえ、魔物側の陣営は敗北した側。超王とやらが誕生するとしても、それは間違いなく人間側の誰か。人間側の、聖王都フィラーンで権力と人脈をもつ何者かが、自身を超王にしようと企んでいるのだ。
 アスラム王子とナハトは言葉こそ交わさなかったが、必要な情報が出そろうと当たり前のように結論に辿り着いた。
 アスラム王子はエスカリテと顔を見合わせた。エスカリテも確信をもったようだ。アスラム王子と同じく超一流の騎士であるエスカリテの直感も鋭い。
 三人が意味ありげに顔を見合わせて、しばらく押し黙った。
 突然、外があわただしい気配に包まれた。結界が張ってあるため、室内の音などは外に漏れないが、逆に外の音は室内にも入ってくる。
 女の悲鳴が聞こえた。
 それは、客室に寝ていた女性がさらわれたと、叫ぶ声だった。

 結界を張った部屋から、ナハト、アスラム王子、エスカリテの三人は飛び出した。
 左手に見えるスイの寝ていたはずの客室の前に、くすんだ赤毛の女が倒れていた。宰相モームの側にいた女だ。口から血を流し、腹部を押さえている。
「リズ……!」
 エスカリテは部下である聖王騎士団二番隊のリズのもとに駆けつけた。エスカリテはリズに聖王国フィラーン宰相モームの身辺を探らせていたのだ。情報は昨日の時点で宰相モームを捕らえることができるほどまでそろっていたが、超王計画の真相を探るため宰相モームをずっと泳がせたままにしておいたのだ。
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