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スイと狼殿

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第28話

 魔物と人間――。
 人間と魔物――。
 どちらの視点からみても決して歩み寄ることができないような両者。事実、つい一九二年前には大きな戦争を魔物と人間に分かれて行っていたのだ。それ以前は魔王が地上の大部分を支配していた。現在、聖王が地上の大部分を支配しているように。
 にも関わらず、魔法の根幹の部分はまったく一緒だったのだ。これが剣術や弓術、馬術というのなら、かなりの差が出る。まったく魔法と縁がないにも関わらず、魔物の魔法と人間の魔法を同時に見るという極めて稀有な機会に恵まれたスイだからこそ気づけたというべきかもしれない。そもそも魔道士自体が希少な存在だったし、人間が魔物の魔法を目の前で見るのは、戦場での殺し合いの時くらいだ。悠長に、スイのような感想をもつヒマなどない。次の瞬間にはその魔法で作られた炎が自分を襲ってくるかもしれないのだ。
 四人の着いたテーブルの上には簡単な食事の用意があった。ナハトが着替えている間に、エスカリテが運び込んだものだ。召使いに運ばせなかったのはナハトたちのことを内密にしたかったからだ。料理は量は多いが、アスラム王子にとっては質素なもの。とはいえ、スイにとっても旅ばかりしていたナハトにとっても、それはよだれが出そうになるほど美味しそうな料理だった。
 スイは手に取ったパンの柔らかさに感動した。ふんわりしている。いままで固いパンしか食べたことがなかった。綿菓子のようなパンを両手に一個ずつ持ってむしゃむしゃと食べ始めた。パンくずがこぼれる。エスカリテはちょっと眉を寄せたが、ここが客間であり、一応相手が客人であることを思い出して、注意するのを思いとどまった。
 ナハトの方もお腹がすいているはずなのに上品に食べている。薄い唇をあけてスプーンでスープを飲む姿などどこからどう見ても淑女。
「もっとガツガツ食べたらどうだ?」
 アスラム王子がナハトをからかった。
 ナハトは無視して優雅に食事を続けている。
「獣の分際で」
 ナハトはフンと鼻で笑って相手にしない。
 スイはナハトが実はけっこう良いところのおぼっちゃまなのかもしれないと思った。魔物や狼にそういった家柄みたいなものがあるかどうか、スイは知らなかったが。ナハトの食事の仕方は実に品があった。
 エスカリテもちょっとナハトを見直したようすだった。黒髪の紅い瞳をした美女ナハトが犬のように皿に顔を突っ込んでご飯を食べたら、きっとすごく見苦しかっただろう。
 アスラム王子もエスカリテも食事をはじめた。四人は無言のまま食事した。全員お腹をすかせていたのだ。四人の中で一番、犬っぽく、魔物っぽく、食事をしたのはスイ。もともと作法がわからないし、その上、お腹がペコペコで目の前には見たこともない美味しそうな料理がいくつも並んでいる。なにかを食べるたびににんまりするスイを見て、アスラム王子は笑った。そして一匙すくったスープをじっとみてから口に含みよく味わってみた。
(美味い……ものなのかな……)
 アスラム王子らしくない不明瞭な感想。アスラム王子はすべてを退屈と感じる先天的な心の病を抱えていた。食事にしても栄養補給以外の何ものでもなく、どんな晩餐の席で出される食事にも舌鼓を打つということはなかった。美味いと感じたことなどないのだ。そして、このあらゆることを退屈と感じる病は、同時にアスラム王子に何ものにも侵されない絶対の精神力を与えていたのだから、皮肉なものだ。
 四人の食事が終わった。一番最後まで食べていたのはスイだった。食べるのが遅いのではなく、あれもこれも全部、たくさん食べようとしたためだった。
 スイはお腹がいっぱいになって、疲れていたのでウトウトしはじめる。
 アスラム王子は苦笑した。
「スイ。キミはこれから僕らがする話に興味があるかい?」
「たぶんありません」
「眠いなら客室を用意してあるから、そこのベッドで休んだらどうだい。けっこう長い話になると思うし、わからない話ばかりだと退屈だろう」
 スイは眠そうにまぶたが下りかかった目で、ナハトを見た。ナハトがうなずくと、スイはアスラム王子に「すみません。ありがとうございます」と言って立ち上がった。
「客室はこの部屋を出て左の突き当たりにある右手の部屋だ。すぐ使えるようになっているから」
 アスラム王子の提供した部屋は客室のなかでも上の部類に入るものだ。
「ありがとうございます」
「悪いね、エスカリテに案内させてもいいんだけど……」
「いえ、大丈夫です」
 スイはふらふらと眠そうな足取りで出ていった。
 アスラム王子はそれを見送る。ドアが開いて閉まると、また元のようにドアを淡い光が包むのを確認してから、ナハトの方を向いて話し始めた。
「悪いね、お連れさんを厄介払いしたような感じになってしまって」
「問題ないさ」ナハトは答えた。アスラム王子が言わなければ、ナハトが同じような事を言っていただろう。
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