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スイと狼殿

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第26話

 スイはハキハキとしゃべった。
「あたしはパルス村というところから来たスイと申します。羊の毛を刈るのは割と上手だと思います。あと食用のキノコとか食べられる木の実とか見つけるのも得意です。趣味は散歩です。とくに森の中が好きです。好きな色は翡翠のような、木漏れ日を浴びた葉っぱのようなそんな緑色が大好きです。はちみつ色も大好きです。……あ、あと……《ウィス》です」
 アスラム王子は苦笑した。いやな苦笑ではない、楽しそうな苦笑。なによりも退屈を嫌う王子は、このおかしな言動をする娘のことがすごく気に入り始めていた。初めて会ったときから惹かれるものはあったが、いまはかなり楽しんでいる。さっきの自己紹介にしても普通《ウィス》であることをまず説明するのに、なぜか好きな色の説明が細かい。
 が、アスラム王子はナハトに顔を向けると、露骨に嫌悪感をあらわにした。
「で、そっちの狼は?」
「誰が狼だ!」
 「お前だ!」「なんだと!」と言い争いを始めたアスラム王子とナハトをあきれたようにエスカリテは見ていた。本当にこの二人は相性が悪いらしい。
「狼さんは、狼殿と呼ばれるのが好きなんですよ」スイが余計に事態をややこしくした。「違う!」とナハトが即座に言って、嫌がるようすを見せると、ここぞとばかりにアスラム王子はナハトに向かって「狼殿、狼殿、狼殿……」とからかった。
「ウォッホン!」
 エスカリテがわざとらしく大きなせき払いをした。
「ニコラス隊長に……」エスカリテがアスラム王子に何か言おうとすると、アスラム王子は即座に謝った。「わかったちゃんとする」
 アスラム王子はナハトを見た。
「で、さっさと説明しろ」
 ナハトはしばらく悩んでいたが、口を開いた。
「答えてやってもいいが、まず条件が二つある」
 アスラム王子はナハトを目で促した。
「第一に、この部屋の会話は秘密にすること。この四人以外が聞くことができないように魔法で結界を張り直す」
 アスラム王子はうなずいた。無論、この部屋には簡易的な結界が張られて、たとえば召使いが聞き耳を立てても中の会話は聞こえないようになっている。しかし、聞き耳を立てる者がただの召使いなどではなく、それなりの腕を持った魔道士となると話が変わってくる。魔法で作った結界は、魔法によって破ることも、薄くすることもできるのだ。
「いいだろう。……たしかに僕の聞きたい話も、その質問の内容さえも、できるだけ聞かれたくないからな」
「第二に、適当に服を貸してほしい」
 なぜかナハトは王子ではなくエスカリテを見て言った。エスカリテは目を丸くした。ナハトは男で、エスカリテは女だ。
「……お連れ様の衣服がお気に召しませんでしたか?」
「違う。俺が着る」
 このあと、三人が黙り込んだ。
 しんとした室内で、ナハトだけは真剣な目をしていた。
 アスラム王子でさえちゃかすのを忘れるほど重い沈黙。
 一応、最低限の礼儀を示すために笑みを浮かべていたエスカリテだったが、その笑みがかなり引きつっていた。
「……その、もう一度、言って頂けませんか?」
 エスカリテの口調が丁寧すぎるほど丁寧になっている。まるでおかしな人がこれ以上おかしなことを言わないか恐れているかのように。
「俺が着るのに女物の服がほしいから、あんたに貸してほしいと言ったんだ。俺とあんたなら体格的にそれほど不自然じゃないはずだ」
 ナハトはそう言ったが、あきらかにナハトの身長が、女性にしては長身のエスカリテよりも高い。それに肩幅も比べものにならない。それに、そもそもそういう問題ではないだろう、と、エスカリテは口に出そうになった。
 スイははじめはきょとんとしていたが、すぐにナハトが何をしようとしているか分かって、はしゃぎ声を上げた。
「すごい! ナハト! 狼さんだけじゃなくて、女の人にもなれるんだ」
「あくまで見た目だけのごまかしだ。性別も変わらない。それでも普通の人間や並みの魔道士相手なら騙しきる自信はある。今この場に俺がいると、できるだけ知られない方がいいと思ってな」
 アスラム王子はやっと事情がわかった。ナハトの存在を知られたくないのはアスラム王子も同じだった。すぐにエスカリテに命じる。
 別室で着替えを済ませたナハトが入室してきた。
 漆黒の瀟洒なドレスを着てあらわれたナハトを見て、スイは感激の声を上げた。
 どこからどう見ても女性にしか見えない。まさしく女性に変身している。身長も肩幅も腕も、顔立ちさえも女性のものになっている。瞳と髪の色だけは変わらない。ただ髪の長さは腰ほどになっていた。ナハトは長くなった髪をすこし払いのけた。その何気ない仕草まで女性のものになっている。
 ほぅ、とスイは変なため息を吐いた。
 ドレスは黒一色。材質や加工が違うためか、胸元のリボンやスカートのフリルはわずかに光沢を放つ。ドレス全体は光を吸い込むような漆黒。踝を隠すほどの長いスカートに、細い長袖。着こなしの難しそうな黒一色のドレスをナハトは十二分に着こなしていた。
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