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スイと狼殿

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第23話

 スイはうなずいた。ナハトが毒づく。
「いるのと見るのは大違いだ」
「そのとおりです」エスカリテは深々とため息を吐いた。もう止める気はないらしい。元々アスラム王子に逆らうようなエスカリテではないのだ。アスラム王子のためなら命を投げ出す覚悟もあった。しゃべると決まった以上、エスカリテが話し始めた。
「シルフィードやノーム、サラマンダー、ウンディーネなどの妖精がいるという話は聞いたことがありますね?」
 エスカリテはため息混じりに説明する。アスラム王子のお手をわずらわせないために自分で。
「聞いたこと、あります」
 スイがうなずいた。どことなく口調が幼い。無意識のうちに無知なキャラクターを演じやすいように口調を変えているのだとしたら、相当の役者だった。
「そう。で、こちらのシルフィードは一応、私が召喚に成功した妖精よ」
 ナハトはまじまじとエスカリテを見つめた。腕を頭の後ろで組んで、片足で立って、足を絡ませているという気の抜けた格好だったが、その目は真剣だった。
「マジなら、すごいな。あんた、偉大な召喚魔道士だ」
「おおげさです。召喚だけなら、過去にいくらでも例があります」
「使役できた試しはなし」
 まるで何かの書物を読み上げるようにナハトがそう言った。魔法について書かれた書物をたくさん読んでいたが、ただのひとつも妖精を使役に成功したなどという事例を読んだことはなかった。
「で、このエロ王子が、手練手管、あの手この手をつかって、たらし込んだわけね」
 敵意と悪意を込めてアスラム王子に言う。
 アスラム王子はどこ吹く風だ。その肩には風の妖精シルフィードが顔を赤らめながら腰を下ろして、ほれぼれとアスラム王子の金髪や碧眼をみつめている。
 エスカリテは大きくせき払いした。一応、交渉の場であるため怒るのを控えたのだ。しかし、なんと反論しようか迷った。さっきの言葉は当たらずとも遠からず。実際、シルフィード自体は何体か召喚できるが、召喚しても召喚者の言うことも聖王騎士や宮廷魔道士の言い分も一切聞かない。完璧に無視する。手荒に扱って従わせようとすると、かまいたちで容赦なく人間の首を切り落とそうとする。過去に何人もの召喚魔道士が、無理矢理シルフィードを使役しようとして、首を切り落とされたり体をズタズタにされたりした。それほど危険なものだ。その上、シルフィードは気に入らないことがあると風になって消滅してしまう。完全にいなくなるのだ。姿が見えなくなるとかどこかに逃げるのではなく、もとから存在などしていなかったかのように消えてしまう。やるだけやるとさっさと逃げる。ある意味、魔物よりたちが悪い。とはいえ、魔物のようにその辺にごろごろいるわけではない。一生に一度妖精には出会えるか出会えないかというのが普通だった。
「納得してもらえたかな?」
 アスラム王子はスイに微笑んだ。
「はい」
 とスイはうなずいた。妖精相手には自分の特殊な《ウィス》の力がうまく及ばないことがあると心に刻みつけた。
 スイはシルフィードに向かって手を伸ばした。
 エスカリテもアスラムも慌てた。
 シルフィードは一見美しい淑女の姿をしているが、気性は激しい。気に入らないことがあれば容赦なく襲いかかってくる。その気に入らないことの第一に挙がるのが、手を伸ばして捕まえようとされること。これはもしかしたら昔からシルフィードを捕まえようとした魔道士がたくさんいて、それが記憶の底に染みついているためかもしれない。もしくは、ただ単にシルフィードから見たら巨大な動く壁のように見える人間の手が怖くて冷静ではいられないのかもしれない。
 スイは、
《噛まない?》
 とシルフィードに聞いた。
 シルフィードはじっとスイをみつめながら、
《噛まないけど、引っ掻く。かまいたちで》
 と即答した。
 スイは苦笑して手を伸ばすのをやめた。
 エスカリテもアスラムも胸をなで下ろした。
 シルフィードは機嫌を損ねたらしく、風になって消えようとした。
 消え際に、シルフィードがスイに言った。
《どうせなら、男の精霊を呼び出しなさいよね。あんた、女なんだし》
 ふん、と鼻を鳴らしてシルフィードは消えた。
 アスラム王子は口笛を吹いた。
 エスカリテはまじまじと《ウィス》の少女スイを見た。
 ナハトは首をかしげてスイを見た。
「自分を召喚した召喚魔道士相手でも助言なんてしないシルフィードが……」
 エスカリテがつぶやいた。
「え? でも、アスラムさんの言葉には反応してたじゃない。キスのまねごとしたりとか」
「普通はしません。できません!」
 エスカリテがちょっとヒステリーを起こした。
 まあまあとアスラム王子がなだめる。それから自分の姿とナハトの姿を見た。埃まみれだ。幸い傷口は魔法で二人とも癒してあるので問題ない。しかし、入浴の必要はある。
「とりあえず、情報交換はいったん中止して、風呂に入って食事でもどうかな?」
 スイは大賛成して、ナハトもうなずいた。
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