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スイと狼殿

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第21話

 エスカリテは非情な女ではなかったが、守る者が多いゆえにときには非情にならざるを得なかった。まして聖王国フィラーンにも聖王騎士団にも不可欠のアスラム王子を危険にさらすわけにはいかない。
 エスカリテはスイに手を伸ばして笑いかけた。
「あなたのお友達は本当にお強いのね。お見それしたわ」
「さっきは助けて頂いてありがとうございます」
 スイはエスカリテの腰の鞭を見た。それほど目立つ場所に武器らしく帯びているわけではない。部隊の性質上、ほぼ二番隊の全員が暗器を所持している。腕力で劣る女であるがゆえともいえた。
 エスカリテはスイが意外と目敏いし、素直にお礼をいう柔軟さをもっていることを見抜いた。思いの外、頭は悪くないらしい、と思った。
「けど、あたしは人質になんてなりません」
 エスカリテの目が今度こそ驚愕に見開かれた。目敏いなどというレベルではない。どうして気づいた! とエスカリテは叫びそうになる。
「……あれ、エスカリテは気づかなかったの?」
 ふいに背後からエスカリテは呼ばれて、振り返った。アスラム王子が土埃を軽く払いながら笑っている。その隣に、かなり距離を置いてだが、いがみ合うこともなく黒髪の紅い瞳をした美青年ナハトが立っていた。
「エスカリテが思っている以上に、彼女はすごい《ウィス》みたいだね。強烈な思念なら何となく読めるんじゃないかな。すごくセンスがあるらしい。僕は女性には優しいし、センスのいい女性は大好きだよ。しばらくいっしょにいようか?」
 スイはさすがにこのアスラム王子の申し出が、しばらく監視下に置きたい、もしくは事情を聞きたいという意味だとわかった。無論、ナハト共々だ。
 スイはアスラム王子とエスカリテを交互に何度か見た後、黒髪長身の美青年を見上げて聞いた。
「どう思う?」
「勝手に決めろ」
「うん」
 なんとも無造作にスイがうなずいて、勝手に決める気になったのを見て、ナハトは苦笑する。
 エスカリテは戸惑っていた。より強い力を持っているのは明らかにナハトと呼ばれている黒い狼の青年なのだ。にも関わらず、スイという《ウィス》であるだけの少女が主導権を握っているようにみえる。
 エスカリテは、二番隊の地位が低かったのも仕方のないことだと思っていた。たしかに戦場で剣を手にとって戦う時、戦力として不十分だったことが多かった。だから二番隊を、あまり外聞がよくない諜報活動を主に行う部隊へと作り替えた。そして力があるからこそ、誰にも文句は言わせなかった。「言わせるもんか!」とエスカリテは誓っていた。隊長である自分はもちろん副隊長以下部下の誰一人として、女性の騎士であるというだけで後ろ指を指されることのないように。
 そんなエスカリテだからこそ、このナハトとスイの信頼関係は不可解を通り越して、不快だった。
 そんなエスカリテの複雑な内面を知るわけもなく、スイはアスラム王子に向かってにこやかに話しかけた。スイは肩ほどの薄茶の髪を無造作に後ろで縛っていて、純朴そうなつぶらな黒い瞳をしている。笑うとどこか小柄な少年を思わせるような親しみやすさがある。
 アスラム王子のような少々偏屈な人間でさえも、そのスイの笑みに釣り込まれるように笑った。
「なにかな?」
「情報交換しましょう。一個ずつ、互いに質問するんです」
 アスラム王子はスイの提案にうなずいた。
 不快感をあらわしていたエスカリテの顔色が変わる。スイの瞳の奥をさぐるように見た。
 聖王国フィラーンの外交官が行ったとしても、おかしくない提案だったのだ。エスカリテは、このスイという少女が外交的な知識をもちあわせているとは思わなかったが、スイの相手を釣り込むような笑顔といい、外交官としてのセンスがあるのは疑うべくもなかった。もしアスラム王子に必要以上に親しくしなければ自分の部隊に引き抜きたいとさえ思うかもしれない。必要以上に親しくというくだりを思い返して、わずかに赤くなる。これでは聖王騎士団隊長というよりもただの嫉妬に狂う女の思考だと思ったのだ。反省して、スイをもう少しきちんと見てみようと思った。
「じゃあ、まずそっちから聞いてくれ」
 アスラム王子はくだけた調子で言った。立場上答えられない質問が多数あるとかいう前置きは一切抜き。仮にスイが聖王国フィラーンの外交官になるのなら、必要とあれば半日でも褒め言葉を並べ続けられる技術とか、さまざまな冠婚葬祭に対する知識など無数に必要なものがあった。しかし、とりあえず、アスラム王子の退屈を嫌い新鮮さを好む性向と、ナハトという後ろ盾もあって、不思議なことに一国の王子と貧村の娘の交渉が始まっていた。もともと聖王騎士団は聖王の騎士を自称するだけあって、婦女子に優しいので、質問にも答えられる範囲でなら答えるので、聖王都フィラーンにおいてさほど不自然な光景ということはない。
「アスラムさんは、アスラム王子だっていうのは本当ですか?」
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