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スイと狼殿

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第18話

「いい!」エスカリテの声が高くなった。「私たち聖王騎士団はあなたを魔物の手から救い出してあげようとしているの!」
「結構です」スイはにべもない。
 エスカリテの顔が真っ赤になる。これほど逆らわれたのは初めてだったのだ。
 スイは眼下に広がる森の中で上がる小さな土埃を見た。断崖の上からは小さな土埃に見えるが、下ではおそらく細い木々など軽くなぎ払うような斬撃や攻撃が繰り広げられているのだろう。相当激しい戦いのようだった。
 スイはエスカリテに視線を戻して言った。
「その、魔物からあたしを救い出すという目的は、あなたの独断ですか?」
「独断?」
 甘ったれたように聞こえる「あたし」という一人称に眉をひそめるエスカリテ。彼女は自分のことを毅然と公私とも「私」と呼んでいた。
「だって、アスラムさん、ナハトを本気で処分しようとしているようには見えないし……、うーん、なんていうのかな、こういうの…………えっと、泳がせている?」
 泳がせている、という単語にエスカリテの顔に驚愕が浮かんだ。そう、アスラム王子やエスカリテたちは、現在聖歴を一九二年で終わらせようとしている水面下の動きを正確に探るため、何人かの犯罪が確定している人間をわざと泳がせていた。捕まえることはいつでもできる。それよりも元を絶つ方が重要だった。
 アスラム王子もエスカリテも、ナハトとスイを泳がせるか捕らえて尋問するか考えあぐねているのだ。それを確かめる目的もあって、アスラム王子は自らナハトに決闘を挑んでいた。おそらくアスラム王子は相手を挑発し、ときには脅したり、すかしたりしながら、飴と鞭を使い分けて、相手から情報を引き出そうとしているだろう。眼下で繰り広げられている戦いは単純に相手を捕縛したり殺したりするための戦いではない。
 ふいにスイとエスカリテの脳内に声が響いた。しかし、その声は、四人のどの声とも違っていた。剣戟がぶつかり合い擦れ合うような響き、およそ生物の声とは思えない固い声。
《狂戦士モード》
 スイは意味がわからず呆然として、あたりをきょろきょろと見回した。
 しかし、エスカリテの方は迷うことなく、断崖に両手をついて、下をのぞき込んだ。
 スイもその隣で断崖をのぞき込んだ。
 白い点から白い光の柱が立ち上っている。その光の柱がどんどん太くなっていく。
 魔法にはうとい、スイでさえ、ふいに悪寒が走った。
 エスカリテは親指の爪をかみしめた。そして、目を凝らして下の様子を見ていた後、ふいに《ウィス》の言葉で呪文を唱えだした。
《唱和せよ、雷鳴。顕現せよ、雷神!》
 エスカリテの全身が黄色い光に包まれる。そしてエスカリテの取りだした鞭に強い黄色い光が宿った。
《やめろ、エスカリテ。この戦いは一対一で決める!》
 アスラム王子の声。多少息が荒れているようすだった。
 アスラム王子が《ウィス》の言葉でしゃべっている間にも、下では何かが爆発するような巨大な音と、そしてかなり太い木々が無造作に軋みつつゆっくりと倒れていくのが見えた。そして白い光の柱の周囲で大きな土埃があがった。
《なんつー、威力だよ……》
 あきれたようないつものナハトの声がした。
 それから次々に爆発音が断続的に聞こえた。途切れ途切れではあるが、やむことはない。その音の後には、木々が次々に倒れていく。木漏れ日一つ差し込まないような深い森に、白い光の柱が立ち上る周囲だけ、空き地ができあがりつつあった。
「なに、あれ?」
 スイは白い光の柱を指差して呆然とした。
「アスラム王子です」エスカリテが苦々しく言った。王子の命令とはいえ加勢に出られないのが歯痒いのだ。
「そんなのわかってる! アスラム王子だってことくらい……って、王子さまだったの!? ウソ、ほんとにぃ!?」
 スイの場違いなセリフをエスカリテは無視。
「アスラム様の使ったのは、狂戦士モードと呼ばれている、聖剣バルガッソー固有の技です。それを使えば身体機能が向上して魔力も爆発的に増大します。聖剣バルガッソーは知っているでしょう? かの英雄、聖王グリムナード様が、魔王ファランクスを打ち破るのに使った聖剣です」
 スイは知らなかったが、話の腰を折るようなことはしなかった。黙ってうなずく。そんなことは後回しだ。ナハトが危ない。
「アスラム様がいま使っているのが、その狂戦士モードです」
「ねえ、身体機能が向上して魔力が増えるんでしょ? すごい便利みたいだけど……つづきがあるんだね?」
「簡単に言えば、力が暴走します。狂う戦士の名のとおり。普通では出せない力を出せますが、制御がほとんどできません。敵味方かまわず殺してしまいます。一種の錯乱状態に陥るためです。しかし稀にその錯乱状態に打ち勝つ強い精神を持つ者もいます。精神力に優れた者ほど、錯乱状態に陥らず、聖剣の力の制御ができます。が、極めて困難です。ある代の聖王、聖剣の所有者は、一度、力を解放したがゆえに手痛い目に遭い、あの狂戦士モードのことを、虐殺モードと呼び、聖剣の力を二度と解放しなくなりました」
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