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スイと狼殿

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第3話

「じゃあ、説明してください」
 黒い狼は途切れ途切れに、ときおり考え込みながら説明した。自分がある敵を追っていたが、伏兵が現れて反撃されてしまったこと。命からがらこの森に逃げ込んだこと。ある敵の名前もどうしてその敵を追っているのかも具体的な話は一切しなかった。
 スイはますます黒い狼に好感をもった。黒い狼が人間の少女に危険が及ばないように具体的な情報を話さなかったのがわかった。
 黒い狼の前にしゃがみ込む。なぜか恐怖を感じない。それはスイの前向きな性格のためもあっただろうし、この十年近くまともに会話を楽しんだことがなかったためもあっただろうし、なにより大きかったのは以前にこの狼に似た狼を拾ったことがあったためだろう。
《まだ、狼さんは隠してますね》
《…………》
 ジロリと、黒い狼はわざとらしくスイを睨んだが、スイが視線をそらさないと知ると子供がふてくされてそっぽを向くように顔をそらした。
 スイはなんとか心の内で笑いを押しとどめた。ますます友達になりたくなった。
 お金がないため学校に通ったりしたことはないが、スイは利発なところがあった。自分なりに推論してみた。
《さっきの魔法って……いくらでも使えるんですか?》
《…………》
 黒い狼は無言だったし、そっぽを向いたままだったが、スイの言葉に耳がぴくりと反応したのがわかった。
《もしできるんなら、痛いとこ全部治しちゃえばいいですよね。我慢なんてせずに》
《…………ぅ》
 黒い狼がちょっとだけ呻いた。図星だったらしい。
 スイの推論は当たっていた。魔法を使える回数には制限がある。そして、いまの黒い狼は魔力を消耗し、十分に魔法が使えないのだ。
 黒い狼はためらいがちにスイを見た。
《去れ。俺は追われてるんだ》
《…………》
 今度はスイが無言だった。
 立ち上がって、もと来たときのように空の桶をもって歩き出した。
 黒い狼はスイの姿が見えなくなってもしばらくスイの去っていった方を見ていたが、ようやく頭をおろして眠ろうとしたら、またスイが現れた。
《なにしに来た》
 スイは無言で水の入った桶を黒い狼の前に置いた。
 黒い狼はスイと自分の前に置かれた水がなみなみと入った桶とを見比べていたが、《ありがとう》と小さく言うと、その水をがぶがぶ飲み出した。ほんのすぐそばの泉にまで歩くことさえ億劫になるほど消耗していたのだろう。それほど消耗しながらも、違う種族の子供を心配していた。それに気づいて、スイはふいに胸が熱くなった。
 黒い狼は器用に桶を口でくわえたままひっくり返して水を飲んでいる。さすがに水は半分くらいこぼれてしまう。
 スイはその狼の温かくて大きなお腹をなでた。
 黒い狼はちらりとスイを見たが、注意しなかった。のどが渇いて注意するのももどかしかったのかもしれないし、そうでないかもしれない。黒い狼はただちょっと微笑むように目を細めた。
 スイはそれから泉と黒い狼のもとを何往復もして、黒い狼に水を飲ませてあげた。黒い狼は、ぎらりとした牙が並んだ口を大きくあけて、上を向いている。その中に、スイは桶をひっくり返して水を注いだ。
 サイズはかなり違うが、ひな鳥にエサを与える親鳥になった気がして、スイは笑った。
 ようやく黒い狼に対する驚きが一段落して、冷静に自分をみつめられるようになってきた。ずいぶん大胆なことをしているという自覚はある。こんな大きな魔物のすぐそばに寄るなんて。けど、ひさしぶりに心が温かくなるのを感じている。心から笑ったことなんて何年ぶりだろう。
 黒い狼の方もスイに慣れたらしく、頭やお腹をなでられても嫌がったりしなかった。
 黒い狼は何杯目かの水を飲むと、《ありがとう。もう十分だ》と答えた。
 スイは額の汗をぬぐった。小走りに狼と泉を何往復もしたのだ。
《そう。……じゃあ、話し聞かせて。さっきの続き》
 黒い狼はあきれたようにスイを見上げた。もちろん、スイは狼のあきれた顔なんてものを見たことはないし、黒い狼の表情はほとんど変わらない。ただスイを見上げただけのように見える。しかしスイには黒い狼が何を考えているのか、なんとなくわかった。さすがは《ウィス》というべきかもしれない。
 黒い狼は、狼なのに、人間臭いため息を吐いた。
《……俺はさきほども言ったようにある敵を追いかけて迎撃された。その敵に援軍がいるかもしれないとは思っていたが、想像以上に強力な援軍だったため、この俺様といえど一時的に戦略的撤退をしたのだ》
 スイはうなずいた。「俺様」とか「戦略的撤退」とかいろいろとツッコミたい所はあったが黙っていた。
《魔法はたしかに使用できる限度が決まっている。俺は万が一敵に襲われたときのため、迎撃用の力を残している。さっき前脚の傷を治したのはその力だ。もし迎撃用の力を残さないのなら、いますぐにでも傷だけは完治させることはできるが、そうなると俺はただの巨大な狼になってしまう》
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