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桃色パンプキン

原作: その他 (原作:デスノート) 作者: 澪音(れいん)
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ひとつめ


雨はずっとずっと嫌いだった。

いつだって雨は私から何かを取り上げていく。
すがっても何をしても容赦なく加減もなく私が大事に思っていたものを、するりと抜き去っていく。
だから私は雨が大嫌いだった。

「本当に行くのか?」

ぴしゃん、と雨粒がはねる音がやけに大きく響いた。
くるりと振り向くと彼の金色の髪が雨に濡れて、私同様傘を差さないから体はずぶ濡れだった。

「風邪をひきますよ、メロ」
「行くのかよ。ここから出て行くのか?」

メロはとても強い子。
そう認識していたのに、今ここで見る彼はどこか希薄で弱弱しい。彼がこちらの問いを無視することはいつものことだけれど、あんな表情を見せたのはいつぶりだっただろう。

「近くのマンションで少しの間過ごします。そこからのことは私にもわかりません。けれど」

出て行きます、今日。

門を開けて中に入りメロに近づくと、彼はくしゃりと顔を歪めて俯いた。

ワイミーズハウスの人間が突然出て行くなんて珍しいことではない。
ここはホームであってホームではない、いつか自分の足で出て行かなければならない場所なのだから。
ありとあらゆる分野の天才児たちが集まるここは、ワイミーさんが創設したいわゆる孤児院。
私自身生まれた日からここで育ち今まで生きてきたこの場所に一切の未練がないかと言われれば、きっとすぐに答えることはできないだろう。

けれどいつまでもここに居る事は出来ない。
ここは子供たちが世界に羽ばたくための巣箱でしかないのだから。

私がここに居続けることを決してワイミーさんもロジャーも否定はしないだろうが、それではダメなんだ。
ここをそういう縛り付けられる場所になることをきっと2人も望んではいない。だから今日、少ない荷物を持って私はここを出て行く。

「もう会えないのか?」
「二度と戻ってこないのか?」
「俺たちを、置いていくのか」

雨に濡れている彼の髪に伸ばした手は、メロの手に捕まれ何の意味もなさずにだらりと垂れた。

「ここには、戻っては来ません」

メロはその答えに唇を噛み締めた。
巣立った鳥は、一度でた巣には戻っては来ない。
その鳥が巣立った巣はまた新しい世代の「誰か」の為に開けておかなければならないのだから。
だから私は戻らない。ワイミーズハウスに足を踏み入れるのはきっと。

「ですが、二度と会わないというわけではありません」
「同じだろ。ここに戻ってこないなら俺にも会わない」
「まあ、そうですね。ここに戻ってくるつもりはありません。ですが、君と私との関係性は決してワイミーズハウスだけというわけでもないでしょう」

何言ってるんだ、そう言いたげなメロに彼に掴まれたままだった手を動かして彼の髪を梳いた。

「もしかしたら、私と君がいずれパートナーとなって仕事をするかもしれません。君だっていつかはこのワイミーズハウスの「卒業生」になる日が来るのです」
「俺が、卒業?」
「ええ、君もいつか大人になったらここを卒業する日がきっと来る。そしたら君と一緒に仕事がしてみたいものです」
「…それなら、ニアのほうが」

私はこのまだ幼い少年があの日、ワイミーズハウスに来てから気がかりで仕方なかった。
当時ほかの子供たちとの交流をあまり持っていなかったのは私も同様であったが、何故かメロのことが気がかりで仕方なかったのを未だに覚えている。
それはただ単に好奇心から来るものだったかは分からないが、今になってそれに納得してしまう。

彼は私に似ていた。
私も同世代にかの有名な名探偵がいたせいでいつも二番手だったから。当時の私はずっと目の上のたん瘤だった彼を嫌い、そしてそんな自分と同じ立場であったメロを自分の写し鑑にしていた。
今となれば、Lの孤独にも気付けたのだが。
まだ幼い私には誰かの心情を理解し受け入れるだけの器は備わってはいなかった。

彼は昔の私自身。だから彼にあの言葉を贈ろう。

「behave like you. It is rude to me compared with others(君は君らしく。他と比べたら自分に失礼ですよ)」

メロがこくりと頷いたのを見て、私は彼の頭をひと撫でした。キーッと音を立てて門の向こうに車が止まり、それに屈んでいた体を持ち上げて、門の方へと歩きだすとメロの頭からどかした手が掴まれてもう一度彼に向き直る。

「俺が卒業したら、そしたら、迎えに来てくれるか?」

不安げな顔でこちらを見てくるメロはまだ子供だ。
けれど、彼は大人以上に人の感情に敏感でもある。
にこりと笑って頷くと安心して照れ臭そうに笑った彼にもう一度彼の髪を撫でた。

「また会いましょう、メロ。さよならは言いません」
「おう。それまでに俺も頑張る。」

走り出した車から後ろを見ると、こっそり連絡していたハウスのシスターがメロの下へと走ってくる。
そんなシスターに気付かないメロは私の乗る車をいつまでも見つめていた。

「You are a genius more than you think(君は君が思っている以上に天才だ)」

「Did you say something?S(S、何か仰いました?)」

「No.(いいえ、何も)」

私は雨の日が大嫌いだった。

私が両親に捨てられたのだと知った日も。
ワイミーさんがLを連れて行ってしまった日も。
他の卒業生たちとの別れも。

何もかも、私が別れを知る日は雨だったから。

渡されたバスタオルで髪を拭って見上げた空は未だにくすんでいてどんよりとしているのに。

彼のひとつの約束で、私の心は少しだけ明るかった。



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