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fate もしもモードレッドが喚ばれたら

原作: Fate 作者: MM
目次

彼の歪さ

 理想の王を殺す為の運命として、少女の肉体は錬造された。
 そうだ。まともな愛情をもっと育まれた命ではなく。ただ王の遺伝子を錬金術で構築した、人工生命体がその者の出自であった。
 愛情はなかった。信頼はなかった。運命が、その命から意味を奪い去った。

 まさしく偽物の命。人工生命の悲しい性が長寿を許さず。僅か余命数年の儚い時間が全てだった。

 …それでも、父上は尊敬していたんだ。理想を求め続けた偉大な人に憧れた。そんな理想に憧れた贋作の者。憧れだけで愛情を求めて、遂には円卓を崩壊させた騎士の話があった。
 淡く霞む意識の中でそんな夢を見た。

 ぼやけた視界が徐々に戻ってきた。ここは衛宮邸だ。士郎にとって住み慣れた場所である。
「…あれ?」

 朝日に目が覚める。ずきりと背中が痛んだ。覚えがない。昨夜の記憶が曖昧になっている。いつの間に寝たのだろう? 日課の魔術訓練をした覚えもない。師事を受けてから初めての経験だった。

 朧気な意識の侭起き上がった視線の先には、容姿端麗な少女がいた。
「おはようございますシロウ」
 黒のスーツ姿の美少女がいる。くすんだ金色の髪を編んでまとめている。

 エメラルドのように曇りない緑眼は、どこか負けん気を感じさせた。表情は固く。なにか取り繕っているようだ。なぜか幼さも感じられた。儚げな雰囲気を纏っている。
 今にも消えそうな淡さと、心の奥底に秘められた激情が相反する。目を惹く中性的な少女だった。

 少女と直感したのは、華奢な体だったからだ。
 雰囲気も男性にしては柔らかい。何より、そう。あまりにも愛らしくて見惚れてしまった。

 これで男性だったら、少しばかり自分の心を疑ってしまう。
「なんだ夢か」
 士郎の発言を受けて、何か言おうとした少女が止まった。寝ぼけていると思ったのだろう。

 目の前の彼女が小さく息を吐いた。その仕草も美しい。素直に言葉が零れる。
「それにしても可愛いな」

 朴念仁且つ女慣れしていない、それもかなり不器用な士郎。なのに言葉が出てきたのは、完全に夢と思っているからか。

 見慣れないのに、妙にリアルな夢を見ていたのもある。気絶しての翌朝だ。疲労も影響していたのだろう。
 それが目の前の美しい存在――セイバーの怒りを買うとも知らず。

「起き抜けの言葉がソレか。どうやら、余程の阿呆と見える」
 地の底から響く中性的な声で、ようやく士郎も目の前の相手の正体に気付いた。だからこそより驚く。
「セイバー…?」

 完全に男だと思っていた。まさかこうまで美しい少女だとは知らなかったんだ。
「良い目覚めの様だな、シロウ」

 怒っている。眉間に皺を寄せて、こめかみに血管が浮かんでいるようだった。

 こわい。けれど何でか嬉しいのだから、少し駄目になっているかもしれない。
「今問いかけてえ事は山ほどあるが」
「せ、セイバー、言葉が乱暴になって「ん?」

 笑顔なのにわらってない。ちょうこわい。
「なんでもないです…」
「ん」
 一度深呼吸をして、改めてセイバーが問いかけてきた。

「どうして私を庇ったのですか?」
 この問いは正しい。間違いなく士郎は死にかねなかったし、確実にセイバーは死ななかった。

 運が悪ければ重傷だったかもしれないが、少なくとも人間が庇うよりは余程マシだ。
 それにセイバーの負傷ならば、士郎より早く回復する。

 実際、今も士郎の傷は治っていない。一瞬で回復する奇跡なんて、今の彼には宿っていない。簡単に死ぬ。死ねば取り返しはつかないんだ。
「無論、あの破壊力は脅威でした」

 Aランク相当の宝具の破壊力を感じた。それでも無傷で済ませたバーサーカーも狂ってるが、そんな破壊力を予感しながらも、英霊を庇う士郎も狂っている。
「バーサーカーに悟られまいと、合図すら送れなかったと言ってはいましたがね」

 間違いではない。高ランクの直感は、下手な予兆を感じれば読み切ってしまうだろう。

 強引に打ち消している時点で無駄だったかもしれないが、当然の配慮である。
「隙あらば私ごと消すつもりだったのでしょう」

 上等だ。とでも言いたげな笑顔だがね。
「…それは違う」
「む?」

 衛宮 士郎ならば、目の前で死にゆく者を見逃せない。確実に庇ってしまうと、あの弓兵は理解していた。
 綺礼と出会った時にも得た妙な確信が、ざわつく胸の疼きですら誤魔化せなかった。

 変化しても、変わらない事実はある。魂の根幹は容易に動かない。

 士郎の言葉に奇妙な説得力を感じつつも、言葉を続ける。
「あの時点では何の関係もなく。土地管理者の義務だけで付き合っていたのですから」

 責めるつもりはない。と言っている割りには、纏う雰囲気が物騒すぎる。隙あらばと思っているのは、むしろセイバーの方なのではなかろうか。

「それでシロウ。まだ答えを聞いていませんよ」
「…悪い。何も考えてなかったんだ」
 死への恐怖はあった。痛いのも嫌だ。誰が好き好んで、痛みを背負いたがると言うのだろう。

 それでも心に突き動かされる。見捨て生き残った者として、突き進まない己を許せない。一種の精神病である。彼の瞳の仄かな暗さを悟ったのか。ただ一言。

「私は貴方の騎士です。忘れないでくださいね」
 そう言ったセイバーの寂しげな微笑みを、夢で既に見ていた気がした。
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