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fate もしもモードレッドが喚ばれたら

原作: Fate 作者: MM
目次

始まりの記憶

 夢を、夢を見ている。
 燃え盛る炎が視界を満たしている。息をするだけで肺が燃える感覚だ。

 空を見上げれば漆黒の太陽が浮かんでいた。世界が熱く燃えていた。人々が炎に焼かれていく。地獄。言葉の意味も知らぬ幼い少年が、魂で実感している。

 そう。そんな煉獄の中で、偶然にも生き残った少年が一人いる。魂をも焦がす炎の中をただ歩き続けて、力尽きたように転がっていた。

 冬木市に起きた未曾有の大火災。原因不明の天災はあっさりと少年の全てを奪い去った。
 これ以前の記憶も、名字も心さえもだ。

 だとしても、とても、とても運が良かったのだと思う。だってそうだ。他の者達は皆死んでいった。絶望に焼かれて死んでいった。

 燃え盛る炎に焼かれて、黒く焦げた人を見た。せめて子供だけでもと、助けを望んだ人を見た。その全てが炎に焼かれて消えていった。
 老若男女は関係ない。

 あらゆる命が平等に苦しんで、嘆いて、呪われて死んでいった。それら全ての命を見捨てて、見送られるように少年は生き残ったんだ。

 抱えきれない程の罪悪感が胸を焦がす。生きているだけで呪われている。

 幸運とは運命の裏返しだ。此処で死なぬ安堵と、生き残ってしまった絶望が同居する。
 どちらがマシなのかは、どれだけ考えても結論が出ない。

 あの場所は地獄だった。どうしようもない。そう思うことすら許されない。地獄だった。
 この記憶が少年の、■■ 士郎の始まり。


 夢の場面が転換される。
 冬木の大火災で孤児になって彼を、引き取ってくれた人がいた。

 衛宮 切嗣。頬のこけた男。黒髪黒目の典型的な日本人だ。眼に活力がない。実年齢よりも老けて見えた。
 疲れ果てた様子があまりにも儚げな人だった。

 父とも呼べず。ただ爺さんと呼んで慕っていた。困ったような微笑みが印象的だった。
 とても、とても優しい人だったのだと思う。

 今でもその人の最期は覚えている。
 とても綺麗な満月が夜空に浮かんでいる。疲れ果てた切嗣と、幼い士郎は縁側で涼んでいた。

『子供の頃、僕は正義の味方に憧れていた』
 何度も口にしたかった後悔を絞り出すような、そんな男の言葉だった。

 見守るように夜空で輝く満月は、見惚れる程に美しい。深く心に刻まれるような時間だ。
 これからどう生きたとしても、きっとこの記憶だけは忘れないでいられる。
 そんな満月だった。

『憧れてたってなんだよ。諦めちまったのかよ』
 誰よりも尊敬する男の言葉に、士郎は責めるような言葉を返した。無邪気な信頼に微笑みを見せつつ、寂しげな口調で言葉を続ける。

『正義の味方は期間限定でね。そんなこと、早くから知っていれば良かったんだけど。…大人にはなれないんだ』
 噛みしめる想いに、幼いながらも理解を示した。

 …世界の論理を少しでも理解していれば、ヒーローなんて存在しない事は分かるだろう。明確で絶対的な悪がいない以上は、誰かの味方をすれば誰かを不幸にする。
 
 幸福の席数は決まっている。限られた資源を人々は奪い合っていく。そこに善悪の論理は存在しない。
 誰も彼もが、誰も彼もなりに生きている。

 中立・中庸を語るが普通。どちらかに寄れば歪になるんだ。
『じゃあ、しょうがないな』
『うん。しょうがない』

 二人が満月を見上げる。手は届かず。美しい理想は、現実離れしているからこそ到達出来ない。
 そうだ。何度でも言おう。

 幸せの席に座る人数は決まっている。誰かの味方をするということは、誰かの敵でいなければならない。世界平和を望むのならば、戦争が起きている現実がなければならない。

 誰かを救うためならば、自分自身の犠牲すら厭わないなんて。偽善にも程がある。

 そんな事は、少年の彼にだって理解出来ているけれど。何の迷いも見せず。穏やかな口調で。
『だから、爺さんの夢は俺が叶えてやるよ』

 あまりにも呆気なく。出された言葉は、男の後悔全てを晴らす力を宿していた。
『ああ――安心した』

 呟きと共に切嗣の命が終わる。彼の抱えた後悔は分からない。知ることも出来ないだろう。
 それでも確かにこの瞬間、理想の欠片は受け継げたから。

 正義の味方になる。煉獄で見送られた者の、せめてもの贖罪として。
 この記憶が、衛宮 士郎の始まりだった。

「…懐かしい夢を見た」
 始まりの記憶から十年以上の月日を経て、少年は高校生になっていた。

 朝。土蔵で目を覚ます。深夜まで繰り返していた日課のせいで、朝日が目に沁みる。
 魔術なんて呼ばれる神秘の力を鍛え続けている。まるで物語に出てくるキャラみたいだ。

 この世に残された神秘の残滓。魔術師とは、遡るモノ。世界の根源へと至る事こそ至上の目的とし、それ以外の全てを切り捨てた者達の名称だ。

 衛宮 士郎はそういう意味では魔術師じゃない。魔術を手段として使う者であった。
「投影開始」

 二十七本の魔術回路を起動する。撃鉄を起こすイメージが、世界と隔てさせる神秘を起動する。

 脳裏に思い描くイメージを、魔力で結んで形にするように。ずきりと、胸に眠る鞘の欠片が疼いた気がした。
「投影終了」

 片手に短剣が握られていた。いつも通りに、安定して成功している。士郎の魔術は偽物を生み出す力だ。
 本物には至れない。真に迫る贋作を生み出すだけ。

 理想に至れぬ己を示している気がして、不思議と納得していた。

 初めは偶発的だった。ともすれば運命が歪んだよう。初めて師事を受けた時に、偶然投影が出来てしまった。
 切嗣は酷く驚いた後で、とても思い悩んでいたように思えた。
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