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サヨナラだけが人生だ ~合縁奇縁~

原作: ONE PIECE 作者: 柚月
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幽霊の慟哭

「“ゴースト”の黒い噂なら聞いた事がある。まっとうに入隊させた訳でもないだろう。それでもあの娘が海軍所属だと言い張るのか?」
“ゴースト”、それは海軍本部G-0支部のもう一つの呼び名でもある。
秘密裏に人の道を外れた研究を重ね数々の戦績を上げてきた0支部に対しての、一種の嫌味を込めた呼び名だ。
その名を口にしたレイリーに、黄猿がより一層の鋭い視線を向けたのはその直後。
「ならお前さんは、一度海賊を名乗った奴が海賊を辞めたからってその罪が消えるとそう思ってんですかい?」
黄猿がレイリーに直接向けたその言葉に、今度はレイリーの視線が鋭くなる番だった。
「耳が痛いな。私にその答えが返せるとでも思ってるのか?」
「いやァ、ただの例え話のつもりだったんですけどねェ。身に覚えがある人にとっちゃァ耳の痛い話に違いありませんがねェ。」
言葉の応酬と共に周囲に撒き散らされる殺気。
言葉さえ聞こえるものの何の反応も出来ずに座り込むシンに、くまの手が触れたのはその瞬間だった。
「旅をするなら、どこがいい?」
「えっ」
聞こえたくまの声にシンが反応する間もなく、気づけばくまに触れられたシンは他の一味同様にその場から忽然と姿を消して。
「くまァ、お前さん覚悟は出来てんだろォねェ」
シンがその場から消えた事で黄猿とレイリーの戦闘は止まり、黄猿は口元さえ笑みを浮かべたままではあるがくまを忌々し気に睨みつけ吐き出しすように声を発する。
“麦わらの一味の完全崩壊”の報が全世界に発信されたのはそれからすぐ後の事だった。

その頃。
くまにより黄猿の手から“逃がされた”形となったシンのその身柄は少しの間空中を飛ばされ、それから“とある船”へと衝突していた。
「何事!?」
甲板に響いた音に敵襲かと慌てて飛び出し、驚きに声を上げたのは人とは違う容姿をした人物で。
その人物の目に映ったのは甲板に残った獣の肉球を模したような凹みとそこに倒れるシンの姿。
「ええええ!?ちょっ・・・キャ、キャプテン!!キャプテン大変!!」
悲鳴に近い大声を張り上げながらシンを抱き上げたその人物がトラファルガー・ロー率いるハートの海賊団の航海士・ベポである事にシンが気が付く前に、ベポの声を聞きつけたハートの海賊団の面々がその場に集まってくる。
「ベポ、どうし」
そこにはベポの呼んだ人物であるローの姿も勿論あり、やっとの事で襲い来る海兵達を躱して海へ出たのだろう若干の疲れと苛立ちを含んだ声を発しかけたローがその言葉を止めたのはシンを目に映したその直後。
「どうして麦わら屋の所のクルーがこの船に乗ってんだ。」
そして深いクマを刻んだ目元を鋭く光らせ、シンを抱えたベポを見る。
「俺だって分かんないけど、大きな音がしたから身に来たらこの子が倒れてたんだよ!それよりもキャプテン!大変なんだって!!」
「俺の船に他の海賊船のクルーが乗ってる以上に大変な事があるのか?」
「だってだって!この子、さっきよりも熱いんだよ!」
ベポの腕の中のシンは、ローの方向を向いてさえいるもののその視線は虚ろで熱を孕んでいるのが見て取れる。
抱きかかえているベポにはそのシンの体温が直に分かるのであろう、先程ヒューマンショップで触れた時よりも高くなった体温を感じ取り焦った声を上げていた。

チョッパーに貰った薬のおかげで押さえつけていた体調不良や発熱が、黄猿とレイリーの戦闘を目の当たりにし、更に目の前で全ての仲間の消息が途絶えたのを見たせいでタガが外れたようにぶり返したのだ。
何か言おうとシンが口を動かすが、それは音にすらなりはしない。
自分達を襲った海軍大将の猛威も、一味の崩壊も、悪夢のように記憶にこびりついて離れない強大な恐怖がシンから言葉を奪っていた。

それでも、シンの服に染み付いた硝煙の匂いは誰もが感じており、それによりシンが今の今まで戦場に居た事だけはハートの海賊団の船員誰もが分かった事であって。
シンの様子からもただ事ではなかったのだろうと察したローは、ベポに近付くとその腕からシンを自分の方へと引き寄せた。
「確かに、熱が上がってるな」
「大丈夫?死んだりしない?」
「死にはしねえが、放っておけば分からねえ・・・ってところか。」
他の海賊団、しかも自分と同じ程度であろう実力と懸賞金をその首にかけられた船長の率いる海賊団の船員だ。
本来であれば警戒、もしくは抹殺、そういった判断に及んだとしても何ら不思議はないだろう。
けれどローがそれを選択肢として思い浮かべる事はしなかった。
シンの孕んだ、恐らく闇の深い半生を直観で感じたようで、それは無意識ではあるもののベポも同じく感じ、そして彼女を気遣う様子を見せたのだ。
「海に放り捨てても寝覚めが悪そうだしな」
そう呟いたのは、そうする気が欠片もなくても何かしらの言い訳が欲しかったのだろう。それは一船の船長の立場を考えれば当然の事であり、そう呟いたローの言葉を誰一人否定しなかったのはローの真意を汲んだからだ。
「とりあえず運ぶぞ」
そう言いシンを抱き上げたローは、船室へと向かう扉へと足を進めた。
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