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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
目次

ACT026    『ミシェル・ルオ』



 ……ジュナ・バシュタ少尉が一つの真実を知った頃。ミシェル・ルオは占い師の真似事をしていた。

 ニューホンコンにある自分の職場だ。25才になったばかりではあるが、ルオ商会の特別顧問として、彼女はたしかに多忙でもある。政財界を支配する人物たちと顔を突きつけながら、八卦などという伝統的な占術を実戦することになっていた。

 ニューホンコンならではのスタイルだと、ミシェル・ルオは考えている。八卦でなかったとしても、水晶玉を磨こうが、タロットカードをめくろうが……何だって結果は同じなのだが、これもまた演出だろう。

 ルオ商会が……いや、『お父さま』が―――ルオ・ウーミンが求めた演出ではあるのだろう。自分の『所有者』であり……ある意味では『最大の信者』でもある、ルオ・ウーミンが求めた理想のニュータイプは、森羅万象を見通すのことの出来る、偉大なる占術師であったのかもしれない。

 八卦にこだわるのは、ルオ・ウーミンの故郷である、こにニューホンコンの伝統だからだった。

 そのことに対して、ミシェルは何ら問題だと考えてはいない。ミシェルは『お父さま』のことが嫌いではないのだ。

 過保護であり、自分に対して、特異な愛情を持ってはいるが……自分をあの地獄から救い出してくれたのは、オーガスタ研究所から救ってくれた力は、ルオ商会の財力であり、ルオ・ウーミンの願いだったからだ。

 ……もちろん。

 『お父さま』の愛情は、本物のニュータイプに注がれているのだけれど。自分が、もしも偽物だとバレたら、どうされていたのかしら?……『娘』という立場から、外されたかもしれない。

 いや……『お父さま』への裏切りがバレてしまったら、嘘が暴かれてしまったら、残酷な仕打ちを受けたかもしれない。屈強なろくでなしどもに輪姦でもされて、拷問でも受けて、海にでも捨てられるとか……?

 魚に食われて、終わるのか。

 裏切り者には、お似合いの末路かもしれない。実際のところ、マフィア的な側面を持つルオ商会の敵対者には、そんな惨めな末路を送ったヤツらも大勢いる。

 ルオ・ウーミンは新たな娘であるミシェル・ルオに対しては、その暗黒の面を見せることもあった。

 ステファニー・ルオには……お姉さまに対しては、そんな顔を見せることはなかったらしいけどね。

 お姉さまには、表の後継者として、真っ当なルオ商会を受け継がせたいのかもしれない。ならば、自分は裏なのだろう。後継者というよりは……もっとファンタジックな存在なのかもしれない。

 巫女。

 そんな呼び名が相応しいだろう。まったくもって非科学的な存在であるが、その言葉が持つ概念こそが、自分には似合っていると感じる。

 25才になってはいるし、そこそこ以上の美貌を持っている。ルオ商会の養女に対して、言い寄ってきた男たちは五万といたが―――誰とも交際することはなかった。『お父さま』が許さなかったからだ。

 ルオ・ウーミンは冷徹な支配者であり、基本的には合理的な商売人であったが。どこか迷信深い面も持っている。

 『ルオ商会の巫女』に対して、彼が求めた条件は幾つもあった。朝の沐浴の仕方とか、伝統的な気功の鍛錬とか。漢方で滋養強壮をさせられるとか、週に何度、地元で収穫された食材を、どれほど食べるべきだとか……。

 あとは、処女であることも、『ルオ商会の巫女』として義務づけられた任務であった。

 そのことを苦に思ったことは、得にない。オーガスタでの日々を思えば、それらの約束事を守ることで、日々の安全が保障されるのであれば……なんてことはない。漢方薬も嫌いじゃないし、食材たちは専門家が育てたオーガニック。料理人たちも、伝統を継承する超一流の料理人たちだった。

 それに、処女であることも苦ではない。抱かれたい男などいないからだ。ミシェル・ルオは生粋の同性愛者だからである。元々がそれだから、そう苦にはならない。男とのセックスは、そもそも不必要なのだ。

 ミシェル・ルオにとっての男性とは、やや背徳的な関係になるのかもしれないが、ルオ・ウーミンだけでいいと、彼女は認識している。

 『お父さま』には、処女を奪われない形で夜ごとに愛されたものだ。その行為には、やや嫌悪を感じることもあったが……女を知り尽くすルオ・ウーミンの手慣れた指先で快楽を教え込まれてしまえば、すぐに『お父さま』を愛するようになっていた。男だが、彼だけは例外だった。

 同じベッドに寝ながら、奉仕し……奉仕されるようにして性欲を充たされた。何度か、彼の子供を宿したいと願ったこともあったが、処女であることは『ルオ・ウーミンの巫女』として最重要の要素であるらしく、やんわりと断られた。

 17と、19、21才の時に告げた、その受胎願望の告白は、彼に気に入られたし、自分が祖父ほど年の離れている『お父さま』を愛してはいることを再認識させられた。

 『お父さま』も心が揺らいでいるのが、ミシェルには分かっていた。ニュータイプの血を、自分の血統に迎え入れたい。

 ミシェルに己の種を宿らせたいという願望も、彼には確かに存在していたのだが……『巫女』は、その願望よりもわずかに上回る存在だったのか、あるいは、養女に自分の子を孕ませることなど、彼の倫理観に反していたのか……。

 ミシェルは彼の子を妊娠することはなく、処女のまま現在にいたる。処女であるかどうかで、八卦の腕が変わるとは思わないが……。

 ルオ・ウーミンの巫女であることだけが、けっきょくのところ、身の安全を保障する一番の選択であったし……最終的に、ルオ・ウーミンの『子』を妊娠させてもらえれば、自分の立場は安泰だった。

 処女のままだって、人工授精させてもらえることも出来るわけだしね。ミシェルはそんな考え方をしてしまう自分は、あまりに臆病者なのかもしれないと考えている。

 巫女として、八卦の結果で……まあ、コネクションを使った情報収集で得たものを、依頼人に情報として手渡しているだけに過ぎないが。

 それらは極めてよく当たり、ミシェルが記憶している中では、外れたことはあっても、損害を出したことはない。ルオ商会のファンタジックなカリスマ性を支えることには、ミシェル・ルオは成功しているのであった。

 地球最大の企業を支える、影のカリスマ。ミシェル・ルオは……今夜も彼女の占いに依存する顧客の一人と出会い、八卦が告げた占いを語るのだ―――曰く、ラプラス事変の影響は、微々たるものに過ぎず―――民衆の心が連邦政府から離れることはない。

「……あとは、世の習いの通りに……責任深き者を、処分することです。そうすれば、三月も経たぬ内に……誰の心にも、戯れ言は残りはしませんわ」


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