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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
目次

ACT010    『目隠しには慣れている』



 スーツの男は基地の端に止めてある高級車を一瞥する。男の部下が運転席にいたのだろう、車はスムーズにこの場にやって来て、二人の前に停車した。

 男は、流麗な作法を帯びた動作でリムジンのドアを開けて、ジュナを招き寄せる。なんだかお姫さま扱いされているようで、くすぐったい気持ちになる。

 地球連邦軍のモビルスーツ乗りの女なんかに、するべき態度ではない気がするぞと、ジュナは自虐をした。自分にはお姫さま扱いされる要素などないのだ。

「では、こちらへ」

「ああ…………しかし」

「なんでしょうか?」

「……あの女は、何をして荒稼ぎをした」

「……正当な行為と、努力。ご自身の才能と運を、仕事に対して注ぎ込む姿しか、私は知りません」

「正当な行為だって?」

「……多少の嘘は、有りますが。この世界を生き抜くには、嘘だって必要なことは、ジュナ・バシュタ少尉。貴方が誰よりも分かっていることではありませんか?」

「……っ」

 反論するための言葉をすぐに作れない。そこらが、自分の頭の出来の限界なのかもしれない。いつだって、あの女に口論で勝ててことはなかった。

 賢くはある。そして、だからこそズルさが、致命的な結果を招くことになるのだ……。

 ジュナはそんなことを考えながらも、男の開けたドアからリムジンへと乗り込んでいく。

 内装は……とても広い。モビルスーツのパイロット・ルームよりは、はるかに広々としていた。手足も自由に伸ばせてしまうほどに、この空間は快適だった。嗅いだことも無かった、良い香りに充ちている……。

 腹が立つ。自分たちを裏切ったあのクソ女は……一人で、こんないい暮らしをしているのか?……罪悪感?……笑わせる。

 何をして、穴埋めをしてくれるというのだろう。『拾い上げてくれる』?……あんな嘘までついて、今まで放置して来たくせに。

 イライラを隠しきれないまま、ジュナはリムジンのシートに腰を下ろしていた。せめて悪態をついてやるために、脚を組む。

 だが、横柄な態度を取る女に慣れてしまっているのか、優男は涼やかな表情を崩すことはなかった。

「おくつろぎ下さい」

「……フン」

「では、出発します」

 リムジンのドアは閉まり、静かなエンジン音と共に車は走り始めていた。ジュナは背骨と骨盤に安楽な安らぎをもたらすシートに身を預けながらも、顔色は緩めたりはしなかった。

 あの女の提供してくれる、心地良さに屈する気にはならない。子供じみた抵抗をしていることは、自覚することが出来たけれど、だからといって止めることを選べやしなかった。

 沈黙が生まれる。

 数分のあいだ、男はジュナを好きにさせていてくれた。無言のまま、イヤそうな顔を浮かべ続けていた。しかし、ジュナとて知りたいことはある。この状況は、あまりにも謎が多い。

 十年ぶりになるのか?……約束など、忘れていたのだろうと考えていたが。

 ……いや。ヤツはそんな玉じゃないか。執念深くて、いつまでも根に持つようなしつこさがあるヤツだろう……。

「……状況を説明させてくれますか?」

「……私を拉致したことへの謝罪か?」

「まさか。拉致はしていません。貴方は、ご自分の判断でこの車に乗られたじゃありまあせんか?」

「私が、拒絶していたら?」

「……しないと予想されていました。彼女の予想です。そして、私は、それを疑っていませでした」

「……ふん。幼なじみのことが、よく分かっているみたいだな」

「ええ。彼女は、貴方のことを、ずっとお探しになられていましたから」

「……何のために?」

「……その理由をお伝えする権限を、私は与えられてはおりません」

「……アンタは、アイツの何なんだ?」

「秘書です。分かりやすく言えば」

「秘書ね。ずいぶん出世して、楽な暮らしをしているようだ」

「……生活そのものは、豊かでしょうね。手に入らないモノは、極めて少ないお立場でしょう」

「それを聞かされても、嬉しくはなれない。私は、歪んでいるのだろうか」

「しかたがありません。貴方がたには、かなり複雑な事情がありますから」

「アンタ、女を愚痴を聞くのに慣れてやがるな?……アイツも、相当、愚痴をこぼして、アンタを『調教』しているんだろ?」

「フフフ。そうかもしれませんね」

「……そうやって笑えば、美形な面のおかげで何でも許されて来たのか?」

「いいえ。そんなことはありません。笑顔だけで渡れるほど、ニューホンコンは楽な土地ではないですよ」

「ニューホンコンね。ヤツも、ルオ商会でそれなりに苦労したってか」

「そうですね。かなりの苦労です。常人には、マネすることは出来ないでしょう。貴方は……昔の彼女によく似ています。同じような苦しみを、抱えているからでしょうか」

「……罪悪感か」

「ええ。彼女もまた、苦しんでいる」

「……当然だ。私よりも、ヤツは罪深いはずだぞ」

「……事情は、存じています」

 ……どこまで、この男に話しているのか。アイツに信頼されているんだろうな、この眼鏡の銀髪の男は。ニューホンコンで、このパートナーを見つけたか。

「…………それで。アイツはどこにいる?」

「今は、ニューホンコンにいます」

「……オーストラリアには来ないのか」

「今のところは。彼女は、とても多忙なのです。それに……貴方のためにも、すべきことがありますから」

「……私のためにだと?」

 イヤな予感がするが、黙っておくことにする。この秘書の優男は、あまりにも女の愚痴をマジメに聞きすぎる。ミシェルめ……楽な男を飼ってやがるな……金持ちってのは、全くもって便利なものじゃないか。

「……で。この車はどこに向かっている?……コロニー落としで露骨に荒廃した、私の故郷に対して気遣いでもしてくれているのか?……外が一切、見えないぞ」

「今のところ、ジュナ・バシュタ少尉とは、正式な契約を結んでいませんから。先ほども申し上げましたが、これから向かう場所は機密に包まれた場所。公には存在していない場所です」

「存在するだけで、法に触れるか。どこの商売人にもらわれていったのか知らないが……ニュータイプの研究を、今度は自分がし始めたのか?」

「……彼女には、そんなことは出来ませんよ。それは、ジュナ・バシュタ少尉。貴方のほうが、私よりも断言できることなのではありませんか?」

「…………施設を見せろ。納得出来ない仕事をさせられるのなら、断る……私は、あの女のことを信じてはいない」

「……ええ。まずは、納得して下さい。このプロジェクトは……お嬢さまとジュナ・バシュタ少尉。双方の利益であり……お二人が共通して抱いているはずの『願い』。それを、叶えるためのプロジェクトです」

「良いこと尽くめだな」

「信じてもらえませんか?……ならば、貴方への敬意の証に、契約前ではありますが故郷の風景が見られるように―――」

「―――いらん。目隠しされるのには、慣れているんだよ」


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