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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
目次

ACT006    『奇跡たち』




 ……一方の記事は、見知ったことばかりが書かれてある。ほんの一昔前の、都市伝説みたいな物語だ。

 ジオンのコロニー落とし。それを予測して街を全滅から救った『奇跡の子供たち』と呼ばれる三人組がいた。

 そうだ……覚えている。あの光景は、忘れられるものではない。彼女が……いきなり走り始めた。海へと向かい。それを、自分とアイツは追いかけた。そして、彼女は海を見ていたんだ。

 手を差し出したくれる。震えていた。力を借りたがっているようだった。だから、その手を掴み……掴んだとき……時が見えた。『未来』が、見えたんだ。

 それは、あまりにも悲惨な光景だったけど。空からコロニーが落ちて来て、全てを焼き尽くす光景。ヒトと街が燃える光景と、全てが焦げる悪臭まで感じた……死が見えた。死を感じた。

 落ちてくる巨大なコロニーは、現実感を失うほどに大きくて……空を圧倒的な悪意で覆い尽くし、すさまじい速さで落下して来ているのに、巨大過ぎるからか、とんでもなくゆっくりと落ちて来ているように見えた。

 人類史上最大の質量兵器となったそれは、オーストラリアのシドニーを吹き飛ばすほどの威力を持っていた。ヒトもモノも、全てが……あのとき、消滅を強いられてしまった……。

 あれは……たしかに、『未来』の光景そのものだった。地獄の光景そのものでしかなかったが、残念なことに、そのまま、まったく変わることもなく、完全な現実となったのだから。

 あれは、彼女が……リタが……見せてくれたんだ。私たちの力も借りて、とにかく街の大人たちを説得させるために……彼女はやさしいから、救いたかったんだと思う。

「……コロニー落としを、事前に察知……神が使わした、『奇跡の子供たち』……ね」

 画面に映る見出しを読みながら、ジュナ・バシュタは事務的な声でそうつぶやいていた。

「大きな間違いがある記事だ」

 ……たち?

 違う。

 『奇跡の子供』なのだ。本物は……けっきょくのところ、一人だけだった。手を繋いだとき、見せてもらっただけに過ぎない。真の能力者は……ニュータイプと呼べる存在は、彼女だけだった。

 ……まあ、それはいい。そんなことは今さらどうでもいいことだ。何も変えられない。過去ってのは、そんなものなのだから……。

 画面を指で弾きながら、ジュナは情報を読んでいく。

 『奇跡の子供たち』の『予言』について、それをただの偶然だと断言している新聞もあれば、主と聖母さまのお導きだと説く宗教家の言葉もあったし……自分たちのことを、突然変異のミュータントだと語る記事まであった。

 次から次に、どいつもこいつも言いたい放題だった。誰もが事情もよく知らないことのはずなのに、自分の考えが絶対に正しいことであるかのように語っている。

 ミュータント?……面白い考察だ。だが、残念なことに科学的にも医学的にも、私たちはただの人間でしかなかったことを、ティターンズの狂気の科学者どもは確かめただけだ。

 科学に分析できるほどの違いがあれば、ニュータイプの『原因』なんて、すぐに見つかっている。あるいは、私たちに、もしも神サマの加護があったとするならば……あんなに酷い目には遭わされることはないはずだった。

 ……クソみたいな記事は、やがて終わる。真実とゴシップと身勝手な主張が混じった、ゴミみたいなものばかり……。

 かつてのジュナならば、それを見ても、書いてある通りのことだけしか感じられなかっただろう。嫌悪感と共に、見るのを止めるだけだった。

 だが、今は少し違う視点も得られていた。

「……どう見られているか、か」

 大佐の言う通り、ヒトは『奇跡の子供たち』に対して、過度な期待を注いでいたのだ。常識離れした、それこそ都市伝説みたいな存在を、大の大人が真剣に語ってしまうほどに……。

 それについては、分かっていた気になっていた。我が身を実験材料にまでされたのだから……でも、アレは、自分たちに対する、大きな『期待』だった。

 子供の頃は、自分の自尊心を守ろうとしていたのだろう、自分たちは大人のそれに応えるべきなのだと考えてまでいた。健気なものだ。愚鈍で、家畜的な献身だ。

 だが、本質はそういうものではなかった。私たちへ注がれていた『期待』の種類は、私たちが、むしろ拒絶すべき存在だった……。

 何とも身勝手で、何とも欲深い……自分たちを『道具として利用しようとする期待』。そうだ、邪悪でストレートな、欲望だった。そんなものに、自分たちは晒されて、食い物にされるところだった……いや、犠牲になった子供たちは大勢いるんだ。

 ……今になって、寒気と、吐き気がする。大人になった自分は、それなりに汚れてしまっているから、あの施設にいて、自分たちや他の子供たちを実験材料として扱って来たクズどもの気持ちまで分かるようになったらしい。

 罪も無い子供たちを、何十人、何百人も犠牲にして、自分たちの知的好奇心とか、組織内での地位向上のための道具として消費していったのだ。

 ……何とも。吐き気を催すべきハナシであり、自分はそんな穢らわしい大人の欲望に体も心もいじくられているのだ……。

 ああ、自己嫌悪のあまり、胃袋が痛みと共に揺れる。また胃液を吐きそうだ。しかも、今度は、それだけでは済まないだろうが―――でも、構わない。吐き気など、精神力でねじ伏せるまでだ。

 食事は続行するべきだった。ビタミンとかミネラルとか、固形化した三大栄養素が高密度で詰まった、酷く味の悪い歯磨き粉みたいなものだが……食えば、兵士の体を無理やりに整える。

 医学的には最高の食事だ。食事という概念よりは、栄養の摂取という行為でしかないが。それでも、チョコレートの風味は嫌いなものじゃなかった。

 何が待ち受けているにせよ、食わなければ、何も出来ないのは事実だ。

 チューブ入りのチョコ風味の何かを、じゅるじゅると啜り……ジュナは端末に視線を向ける。

 クソみたいな記事は終わり―――今度は、地球連邦軍に所属している、賢い科学者の皆さまがお書きになられた論文の山が始まった。

 記事というのは、どんなに内容がつまらなかったとしても、読者に見てもらいやすく作られているのが、論文の山を見れば分かった。

 両者の違いは明白だ。記事は読者を楽しませるためのものであり、とても読みやすくて単調で、浅い。論文は真実と考察のためだけにある。とても読みにくい。

 しかし、それでも25才のジュナ・バシュタは論文に目を通していく……これまで、自分が意図的に避けて来た話題……ニュータイプについての研究や考察がそこにはあるからだ。

 全ての始まり。あるいは、全ての原因は、アムロ・レイ……なのかもしれない。

 伝説的なパイロットであり、地球連邦軍の軍人。伝説のモビルスーツであるガンダムを駆り、一年戦争を戦い、地球連邦軍の勝利に多大な貢献をした。

 モビルスーツに初めて搭乗して、複数のザクを倒すという初戦果からして異常なことだが……それを皮切りにして、怪物的な伝説を、山ほど築いている。

 天才という言葉で表現すべき範疇からは、もはや逸脱してしまっているように見えた。モビルスーツに乗るための訓練なんて、今でも何十時間もかかるのに……初期のモビルスーツなんて、どれほど操りにくいことか……。

 そして、その死にざまさえも、やはり桁違いな伝説と共にある。

 アムロ・レイは第二次ネオ・ジオン抗争において、自身が設計したνガンダムと共に……小惑星アクシズの巨大な破片の地球落下を回避した。

 ……とんでもない人生だが、とくに死にざまのスケールが圧倒的に常人離れしているというか。

 残された映像が添付されている。端末の中で再生されていく、その神秘的な光景をジュナは見る……情報統制が敷かれているハズだが、噂と目撃者の記憶を全て消すことは叶わない。

「……何だよ。ニュータイプを不気味がって、警戒して……自分たちで封じておきながら、本当はコッソリと研究しているんだ。こんな映像を、お偉いさん同士では共有しているんだからさ……」

 ジュナはその映像を見ている。物理的にあり得ない動きだった。加速した小惑星アクシズ。その欠片を、モビルスーツで止める?

 ……あり得ない。あり得ないが……実際にそれは成された。

 虹のような、オーロラのような。不思議な光に包まれて、地球へと向かって落下するはずだったアクシズは宇宙の彼方へと進路を変えた。こうして地球は破滅から回避されていたのだ―――。

 ―――見たままの現象なのだろう。改造されて、格エンジンで加速した小惑星という、どうすることも出来ない圧倒的な質量が……コロニー落としよりも、桁違いの重量を持つそれが……落下の軌道を歪められた。

 ……そうとしか考えられないが、そこにジュナの学んできた常識や物理学の入り込む余地なんてものは、どこにもなさそうだった。

 この映像が加工されたモノであった方が、全てがフィクションであった方が納得は行く。しかし、そんなモノを大佐が保持したりはしないだろう。情報統制を漏れて伝え聞く伝説とも一致はする。

 アクシズの落下を止めたのは、アムロ・レイと、おそらく彼が導いたものとしか考えられない、謎の光によるものだった……意味は分からない。でも、そうであるとしか映像を見た上で結論は出ないのだ。

 英雄は偉業を行った。そして、彼は消失してしまう。

 謎の発光現象の源であろう、アムロ・レイと彼の乗機であるνガンダム……そして、シャア・アズナブルを道連れにして、アクシズの落下という地球の破滅は避けられたのである―――こんなことをする力があるのが、真のニュータイプ。

 あの研究所の連中は、これほどの力なんて、さすがに私たちに期待もしていなかっただろうけど……おそらくは、パイロットとしてのアムロ・レイを再現したかったぐらいのもの……ティターンズは、兵器としての彼のコピー品を作りたかった。

 でも……今は、アクシズ・ショックを経た今は?……ニュータイプを研究し、それを再現しようとする者たちは、一体どれほどニュータイプという存在に、魅了されて、期待してしまっているのだろうか?

 星をも動かす力の、発生源になれるほどの人間…………いや、もう、そんな生物は人間と呼べないかもしれない。

 あの存在は……そうだ。そう、もっと分かりやすく述べた方がいいような気がする。アレはもはやヒトなんかじゃないのだ。

 真のニュータイプという存在は、まるで『神さま』みたいだと認めた方が早いだろう。どう考えても、ヒトに出来るような力じゃない……。


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