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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
目次

ACT004    『力に惹かれる者たち……』




 断れないから。それが理由でジュナ・バシュタは、その怪しげな軍令を受け入れることを選んでいた。

 大佐はため息を吐いた後で、語り始める。授業でもしている教師の心境になりながら。

「ワシのアドバイスは二つ。知られたくないことは徹底して隠せということ。そして、敵を知れということの二つだ」

「……敵を、知れ?」

「お前さんを探しているヤツらのことだ。そいつらは、かなりの権力か財力を持っている連中だ」

「財力……」

「心あたりが?」

「……いいえ。まったく、ありません。自分は安月給の貧乏人ですから」

 大佐はジュナ・バシュタの態度に頭をうなずかせる。この出来の悪い生徒に、及第点をくれてやるつもりなのだ。

「そうだ。それでいい。とにかく、愛想を悪くしておけ。長い付き合いでなければ、お前さんの仏頂面でも演技は効いている」

 ……しばらくの間しか効果が無いということか。ジュナ・バシュタは己に対する落胆のあまり、ため息を吐きそうになる。

「いいツラだ。そして、あちらに行けば無用なことは一言もしゃべるな。それが、おそらく、望ましい結末へと向かう努力になる」

「……自分の、望ましい結末?」

「死にたくはないだろ?」

「……っ」

 無言のままだが、死という単語を聞いた時に、体が震えたことは自分でも分かっていた。

 大佐は部下の態度に満足というよりも、納得した気持ちになる。ジュナ・バシュタは追い込まれた時に凶暴性を見せるが……アレは生存本能の現れだと分析していた。

 死を本能的に嫌うからこその、しぶとさがある―――それは大佐が己の軍歴と共に創り上げていった持論であった。

「……いいか?生きたいのなら、気をつけろ。最近の地球連邦軍ってのはな、それなり以上に腐敗しているんだ。シャア・アズナブルに絶望されるぐらいにはな」

「……シャア・アズナブル」

「そう。あの伝説の『赤い彗星』サマだ!!……我々、地球側からすれば、大悪党だ。スペースノイドたちからすれば、英雄なのかもしれんがな」

「大悪党で、英雄……」

「ところ変われば、評価ってのはそれぐらい変わるってことさ……ワシは、連邦軍人だ。だから、ヤツの行為を正当化はしないが、ヤツが地球の政治家や役人どもに絶望した気持ちは分かる。地球連邦に愛想をつかした気持ちもな」

 軍産複合体。戦争も、経済活性化の政策の一つと成り得るほどに……人類は邪悪に歪んでいるのかもしれない。何であれ、世の中は残酷かつ下品な仕組みで動いている。

 革命家を志してしまうような高潔さを持ったまま生きるには、この地球と周辺に浮かぶコロニーは……あまりにも汚れ過ぎてしまっている気がしてならない。

 この世界で生きるということは、決して、簡単なことではないのである……。

「信じるな。疑え。それが、秘密を抱えて生きる人間が取るべき態度だ」

「大佐……」

「オーストラリアに行けば、『奇跡の子供たち』とやらを探しているらしいヤツからの力は、お前により及ぶことになる……誰も信じるな。そして……死ぬんじゃないぞ」

 大佐は娘を心配しているような父親みたいだな、とジュナ・バシュタは考えていた。

 自分の父親は、自分が幼い頃に死んでしまっていたが……もし、今でも生きていれば、こんな態度を自分にしてくれたのだろうか?

 まあ、自分の父親の方が、大佐よりもずっとスマートで、男前ではあったが……何にせよ、心配されるというのは、くすぐったさもあるが、温かみもある。

「……了解しました」

 靴の後ろをぶつけ合わせながら、パイロット式のこぢんまりとした敬礼で応えていた。大佐は大きな首を縦に振りながら、ゆっくりと何度もうなずく。

「……それでいい。あちらに行っても、上手くやれ。そして……とにかく、この記事と論文を読んでおけ」

 そう言いながら大佐は、小さな棒状の記憶媒体を投げて渡した。

「これは?」

「……『奇跡の子供たち』とやらのニュース記事のまとめだ。そして、ニュータイプについての論文もまとめてある。どんな期待を込めて、そういう存在を探しているヤツがいるのか……それらを読んで少しは考えやがれ」

「……敵を知れ、ということですか」

「そういうことだ。ヒトってのは、大きな力に憧れるんだ。ヒトの革新、ニュータイプ。そういう存在を讃えることだってあるし……ただの戦争の道具にすることだってある」

 世界を変えようとしたシャア・アズナブル。

 連邦の一パイロットで在り続けたアムロ・レイ。

 ……どちらも伝説を持つ、神話の存在だ。有名すぎるほどのニュータイプどもである。

 神話には、多くの信奉者がつきまとう。だが、神話だけならいい。ちょっとした素敵な物語ならば。

 しかし……困ったことにニュータイプという存在は実在し、歴史の流れに影響を与えるほどの力を発揮してしまった。

 『力』は、何であれ誰かに利用されがちな存在なのだ。

 ……『中の上の能力』。

 それが、ニュータイプの女パイロットとしての能力だとは、大佐には考えられない。アムロ・レイの戦績を論文で何百回も読んでいる。シロウト同然の子供が、山ほど敵を殺して回る。

 数百時間に及ぶ実機での訓練に、それと同じ以上の座学での戦術理解。そういう努力と鍛錬を超越してしまう才能。それが、ニュータイプという水準だ。

 ジュナ・バシュタは……それらの水準から比べると、あまりにも一般人に近い。上の上のパイロットよりも上なのが、ニュータイプ。それに比べれば、中の上など凡人と変わらない。

 ……だが。

 ある論文によればだが、宇宙空間がその覚醒を促すという説もある。

 宇宙に上げてしまえば、『奇跡の子供たちの1人/ジュナ・バシュタ』という女は、ニュータイプとして覚醒するとでも、期待されているのかもしれない。

 ニュータイプ……バケモノみたいな、エース・パイロットども。とりあえずはオーストラリアで、より高性能な宇宙戦闘を疑似的に体感させられるシミュレーターに繋いで訓練すれば、ジュナ・バシュタを研ぎ澄まされるとでも考えられているのか……。

「……いいな。ジュナよ。あっちに着くまでには、そのメモリーの中にある、全ての記事と論文に目を通しておけ。これは、ワシからお前さんへの、最後の命令だ!」

「……了解しました!!」
 

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