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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
目次

ACT001    『奇跡の子供たち』



 ―――ニュータイプ。そう呼ばれる人物の発現は、歴史に大きな影響を与える程になりつつあった。

 地球連邦軍で最も有名なニュータイプ、アムロ・レイ。

 一年戦争との戦いにおける、地球連邦側の『英雄』……伝説的な操縦センスと、宇宙空間での戦闘という、三次元的、あるいは四次元的な空間把握において脅威的な成績を誇り……他者の意図さえ読む、特殊な共感能力があったとされる。

 そんな彼よりも有名な人物は、シャア・アズナブル。

 地球を粛正しようとした、強烈な思想の持ち主であり……モビルスーツという現代の主力兵器を、軍の主力兵器にまで格上げさせた立役者。ヒト型であるという利点を、彼ほど使いこなした者はいない。

 地球の英雄アムロ・レイ。地球の脅威シャア・アズナブル。

 ……しかし、立場を変えればモノの見方というのも変わるものだ。

 スペースノイドの強硬派どもからすれば、シャア・アズナブルこそが『英雄』であり、アムロ・レイは…………彼は、何になるのだろうか?シャア・アズナブルのライバルであり、彼の行動を阻止した存在だから……悪役ってことか?

 それとも。

 宇宙で覚醒し、シャア・アズナブルと同じくニュータイプという存在になったくせに、地球側についた『裏切り者』ってことになるのだろうか……?

 地球連邦軍ニュージーランド支部、オハケア空軍基地―――その基地の長である、ドミニク・マクレーン大佐は私室にあるPCの画面に視線を落としたまま、短く刈り上げた黒い髪をガリガリと指で引っ掻いた。

 悪い癖だが、しょうがない。癖を躾けで治すには、52才はオトナ過ぎる。

「ニュータイプねえ……」

 画面の中には、三人の子供たちが映し出されている。

 通称・『奇跡の子供たち』。お隣の国、オーストラリアに対してスペースノイドのクズどもが……ジオンの外道どもが行った、コロニー落とし。

「地表ごと複数の都市が吹っ飛ぶほどの大損害を出しちまった、コロニー落とし。それを予言していた三人の子供たちがいたそうな……お前さん、知っているか?」

 大佐はそうつぶやいた。この部屋にいるのは、彼を除けばジュナ・バシュタ軍曹ただ一人だった。ジュナは表情の少ない顔のまま、首を横に振る。

「いいえ。私は北米生まれですので。南太平洋の神秘については、詳しくありません」

 ……オーストラリアのハナシだって、知っているじゃねぇかよ。そんな言葉が大佐の頭には浮かんでいたが、彼がそれを口にすることはなかった。

「……『書類上』は、北米生まれだったなぁ」

「ええ。子供の頃は、ベースボールが好きでした。親父とマイナーリーグの試合を見に行くのが、好きです。活発な子供だったんですよ」

「ククク!……だろうな。女のくせに―――っと、そういう言い方は、最近じゃセクハラになるって、講習を受けたばかりだったな」

 面倒くせえ時代になったもんだと、大佐は再び頭を掻きむしる。ジュナは肩をすくめていた。

「私に愛人になれとか言わないのであれば、問題視しません」

「……まったく。軍隊ってのは、どうにかなってる。縦社会のハズだってのによう……小娘に対しての褒め言葉の使い方ひとつにまで注文をつけて来やがるとはな」

「褒めてくれますか?」

「……平均以上の成績を出してくれる、モビルスーツのパイロットさまだ。評価をしないはずがあるまい」

「中の上、そんな評価ですが」

「……十分だろ?むさ苦しい野郎どもに混じって、対G訓練では、この基地の上位グループ20%に入る。射撃も、操縦技能も並以上。バランスがいい。どこの部署だって、お前みたいな器用なパイロットは好むだろう」

「……私は、どこかに売られるのですか?」

 転属させられるのだろうか?……ジュナ・バシュタはそんな直感を受けた。そもそも、早朝から基地のトップに呼びつけられるなんて……通常はあり得ないことだ。

 この基地は気に入っていたが……命令ならばしかたがない。まあ、それなら別にいいのだ。オペレーターの黒髪のアジア系の19才と離れ離れになるのは辛いことだが。

 問題は別にある。

 『奇跡の子供たち』のハナシを、大佐はしていた。表情に変化はないはずだ。常に無表情であることを心がけているし……そもそも、基本的に自分は無愛想だ。

 それに……自分の過去を特定するような情報を、大佐が持っているとは思えない。

 だが、注意するにこしたことはないだろう。

「……お前さんを欲しいってヤツは、それなりにいる。最近は、ここらも安定しているしな……ジオンの残党どもも、大人しいもんだ。モビルスーツがなければ、連中の騒ぎも知れている」

 モビルスーツ乗りよりも、地道な地域密着型のパトロールが有効だな。

 兵隊サンのつまらん現実だ。ドンパチよりも住民への聞き込み、あるいはスーパーや路上に設置された監視カメラの映像から、危険人物の顔写真を機械に認証させていく仕事の方が多い。

 ジュナ・バシュタは大佐の考えを読むことはなく、よりモビルスーツ乗りらしい発想で言葉を解釈していた。

「……宇宙から、モビルスーツの供給は停止しているのですね」

「……ここら一帯はな。まあ、ミノフスキー粒子を使った、古典的なカムフラージュに対して、我々の監視網は無力だ。海は広くて大きいし、証拠も残りはしない」

「ミノフスキー粒子のジャミングを受けつつ、宇宙から海に降りてくれば……」

「足跡は残らんな……一年戦争から続いた宇宙戦争のせいで、スペースデブリは無数にある。そいつらが、偶然ぶつかり合って、予想外の方角に飛んで来ることだってあるわけだ」

 空からは数十億のゴミが降ってくる。それがコロニーや戦艦の欠片なのか、あるいは古びた通信衛星なのか……現役で稼働することが出来る最新鋭のモビルスーツなのか。

 それらを正確に分類するための手段は存在していない。地球側とスペースノイドの政治的な対立のおかげで、宇宙にも『縄張り』が出来ている。

 デブリの監視システムを配備することでも、政治的な闘争が起こり……経済交流が停滞するのだ。軍産複合体に支配されている地球連邦政府は、今ではスペースノイドとの闘争よりも、安定した経済活動の方を重視する政治家が多い。

 おかげで、監視システムの構築は進まない―――まるで、戦争の火種を完全に無くすことを、地球側と宇宙側の間で恐れているかのようだ……と、大佐は考えてしまうことがあった。

 モビルスーツが降りてくれば?……地球も新たなモビルスーツを配備しなくてはならない。アナハイム社が儲かるのだ、モビルスーツ業者がな……。

 宇宙側も……とくに、ジオンの残党どもも、自分たちの政治力を維持するために、火種は必要なのだ。地球との和解が過ぎれば……タカ派の政治家は倦厭される。

 今さら、地球を侵略しようだなんて勢いはヤツらには無いだろう。だが、自分たちが民衆に支持されるための道具として、地球でのジオン的なモビルスーツによる破壊活動は必要らしい。

「……はあ。たまらん時代だよ。『奇跡の子供たち』っていうミラクル・パワーの持ち主たちに頼りたくなる気持ちも、オジサンには分かっちまうぜ……」


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