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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
目次

『もしも生まれ変わったら……』


 ジュナ・バシュタは精神科医に処方された薬物を、翡翠色の瞳で睨みつけていた。ベッドの中に全裸で寝転ぶ彼女は、一錠ずつヒートシールされた純白の錠剤どものことが……好きではなかった。

「精神が、不安定だと感じる時に、コレを飲みなさい……か」

 あの背の高い医者の言葉を口にしてみた。

 バカな言葉だと思う。

 自分の精神は、年から年中、不安定だ。衝動的な感情を、どうにか抑え付けて生きている。自制している獣?……根性ナシの破壊者?……ヒトが恋しいくせに、ヒトが嫌い。

 ジュナ・バシュタという25才の女は、そんな矛盾を抱えている、常に不安定な存在に過ぎない。

 本物の自分とは、何だったのだろう?

 何を望んでいたのか?

 どう在りたかったのか?

 何故、地球連邦軍なんかに所属しているのだろうか?……自分たちを苦しめた元凶は、自分たちを粉々に破壊した狂気は……ティターンズだって、地球連邦軍だったのに……っ。

 ……生きるために。

 そう。

 けっきょく、そこなのだ。

 生きる目的も、生きたいと願望させるテーマもありはしないというのに。それでも、獣のように浅ましい生存欲求だけは働いている。虫けらどもと同じように、機械的に生きているのだ。遺伝子に組み込まれた、本能に従うだけに過ぎない形で……。

 樹液にたかる虫みたいなもんだ。

 ……そんな自分は、人間と言えるのだろうか?

 ……。

 ……。

 ……よくない傾向だ。自分を昆虫なんかになぞらえようとするのは。ジュナ・バシュタはそう考えて、精神科医の進めに従うことにした。

 今の自分はまさに不安定な状態だ。全裸で、20℃に設定した冷房を浴びながら、自分をみじめな虫けらと比較する?

 ……そんな25才の女は、どう考えても健全な精神状態の女ではないだろう。

 ヒートシールされた錠剤を、日焼けした指で押し込んだ。薄いプラスチックの容器は簡単に潰れて、純白の薬品を吐き出してくれる。こんな薬のために、地球の資源は消費されている。化石燃料を消費するほどの価値が、自分の不安定な精神にあるのだろうか?

「……スペースノイドどもが、地球人をクソだって言うわけだよ」

 未来の見えない、希望もない、ただただ生存するためだけに好きでもない軍隊に仕える女なんぞが……地球の資源をムダにしているんだから。

 そうだとしても。彼女はやはり薬に頼った。

 白い奥歯に、錠剤を当てる。

 子供の頃に食べた、ラムネ菓子を想像した。あの頃は……両親もいたっけ。街もクレーターの中に沈んじゃいなかった。私たちは……そうだ。ミシェルもいた……そして、あの子も…………ッ。
 
『生まれ変わったら……』

 フラッシュバックしたその言葉を遮るように、ジュナ・バシュタは奥歯に全力で力を込めた。噛みすぎて、磨り減りが早いと歯科医に言われている奥歯は、やはり、やや壊れ気味なのかもしれないが……先日、エナメル質の間に良質のセメントをブチ込んでもらったから、痛みは感じなかった。

 錠剤を粉砕して、その白い破片を舌に乗せるようにした。唾液を絡めて、呑み込む。薬を飲むときに、ジュナ・バシュタは水など必要としなかった。

 慣れっこだからな。

 あのクソみたいな施設で、錠剤も、点滴も、注射も、何なら座薬だって……とっくの昔に、退役軍人病院で寝転がる、体中にチューブを刺されまくっているジジイども並みに、摂取してきているんだよ!!

 目をギラつかせたまま、ジュナは真っ暗にしている自室の中で……正体不明の怒りを発露させる。握力を使って、さっきまで自分の頭を支えてくれたマクラを引き千切っていた。

 羽毛が舞う。

 羽毛が……。

 ニワトリだか、何だか知らないが、羽毛が舞う。

 クソみたいだと思う。

 クソみたいだと思うのに。

 ……そうだ。

 ……そうだよ。

 あの子は……言ったじゃないか。

「……鳥になりたい……っ」

 自分ではない者の願望を、口から呻くように放ちながら、ジュナ・バシュタは鳥の羽根まみれになった全裸の身体を仰向けにさせる。

 闇でも、見えるのだ。網膜に一種の変異が起きているから。少女の時代に受けた、狂気の医術は……様々な痕跡を彼女の体に残していた。

 精神だけではない。

 とっくの昔に、肉体だって穢れている。

 壊れて、狂って……薬物や酒とか、年下の女とかに依存している。そうだ。非生産的なことに、レズビアンになっている。

 男は嫌いだ。多分……あの子じゃないから。あの子の代わりにならないから……男なんて、どうでもいんだ……。

「…………リタ」

 その名を呼ぶ。過度な乾燥した冷房の風と、脱水症状の果てに乾いた唇で……口のなかに、安い羽毛が入り込む。気にすることはなかった。ギラついている翡翠色の瞳を、無理やりに閉じる。

 酷い目に遭えばいい。

 羽毛なんぞを、口に咥えたまま、荒野を徘徊する下等な獣のごとく……ただ、意味もない生を求めて、眠ればいいのだ。

 裏切り者で、罪人で、臆病者で、非生産的に地球とか同僚の女軍人を食い物にする、ゴミより酷い私なんて。

 ……薬物が、効いてくるのがジュナには分かる。薬物だけではない。訓練の成果も手伝っている。女でも、強化された筋繊維と、幼少期からの強制的な動体視力の強化は、今も彼女を支えている。

 正常な女なら、血を吐くほどの訓練だって、こなせるのだ。だから、疲れることが出来る。

 疲労と、副交感神経を無理やりに活性化させる化学物質の影響に呑まれて、彼女は……また子供の頃の夢を見る。全裸の首にかけた……壊れた羽根のネックレスを無意識のままに握りしめながら―――。


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