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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
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ACT223    『守護者』


 緊急手術は開始された。幸運なことは一つだけある。この輸送船には、ミシェル・ルオの子宮に受精卵を着床させるための高度な医療チームが常備されていた。そして、サイコミュ装置の専門家もいたことも大きいだろう。

 その低酸素状態の妊婦の脳は、すでに大部分が損傷してしまっていた。医師は詳細な医学的検査を用いるよりも先に、彼女の脳に対するダメージを、古典的な脳幹反射の有無による判断で、確証することが出来ていた。

 判断は早かった。母体の脳は、とっくの昔に低酸素で崩壊している。残念なことだが、医学的に覆ることのない事実として、彼女が意識を取り戻す可能性はゼロだった。しかし、脳幹の本能的で原始的な範囲は活動をしている……彼女の意識は、二度と覚醒することはないが、反射的に自発呼吸を行うことや、酸素を供給することで心臓は動かすことも出来る。血管から栄養を送り込むことで、それらの基礎的な生命活動を永続させること、不可能なことではない。

 彼女は、植物状態として生かされることになる。脳死と言われる状態ではあるが……幸いなことに、母胎としては最低限に機能してくれるということだ。

 医師と医療技術者たち……そして、サイコミュ装置の専門家である、脳波測定のスペシャリストたちは、各種の観測装置と自分たちの経験値から計算することが出来る分析を議論させながら、胎児の健康度を判定して、上司であるミシェル・ルオに報告をあげた。

『……ミシェルさま。胎児を生存させることは可能です。母親の脳幹に対して、一種の生命維持装置を埋め込みます。そして……壊死している脳細胞に対しては……再生用の細胞を埋め込みますが……おそらく、生存期間を数ヶ月延ばすことにしかならないでしょう』

「数ヶ月ね。出産までは、持つのかしら?」

『……持たせてみせますよ。この船の医療施設でも十分じゃありますが……最適かつ常識的な行動として提案させていただくのは……どこか、近くのコロニーの……とくに、高度な小児医療の実績のある医療施設に、引き渡すことでしょう』

「……そういうのって、学園都市にはありそうね。いわゆる、大学病院」

『はい。この周辺の宙域には、『ハーベスト』という名のコロニーが存在しています。そのコロニーには、医科系の大学が多くあり……そこでならば、この胎児の治療を引き継いでもらうことが可能です』

「そうね……この船は、戦いに巻き込まれる可能性があるもの……それに……リタ・ベルナルは、その子を殺さないように、NTDの支配に逆らったんでしょうね」

『……可能性は、あると思います。この胎児は、強い感応波を放出していると、サイコミュ・アーティストたちからの評価を受けました。この子は……12.3%ほどの確率で、いわゆるニュータイプである可能性があるようです』

「……無視できない確率ね。その子を、コロニーの大学病院に渡せば、コロニー国家の組織に奪取される可能性はあるかしら?」

『可能性をゼロだと判断することは難しいでしょうが、ありえなくはないハナシです……ジオンのフラナガン機関は、まだ機能しているようですからね』

「……『袖付き』どものなかには、多くの強化人間たちがいた。人工的な強化を施されたニュータイプたちか……宇宙版の、オーガスタ……というよりも、オーガスタのオリジナルってところかしら」

『はい。スペースノイドのなかにも、それほどニュータイプの素質を秘めた人物がありふれているわけではありません』

「供給するヤツがいるわけね。フラナガン機関に、ニュータイプの素質を持った人物を売り渡している、人身売買の組織がある……」

『……ええ。我々、スペースノイドのクズどもです……ですが…………そんな対象にある子供たちは、多くの場合は性的搾取の被害者だったりします。親に売られたり、スラムで小銭目当てで体を売る子供たち…………』

「どちらがマシなのか、分からないってことね。どっちにしても、地獄だわ。たとえ、ジオン・ズム・ダイクンの政治的な思想の影響で、スペースノイドたちから、ニュータイプの素質がある子供たちが、尊ばれようとも……どうせ、軍隊の道具として消費されるだけ。さて……脱線したわね。買収すれば、いいかしら?」

『はい。担当医を買収すれば、問題はないと思います。ニュータイプの素養のある胎児の発育を、独自研究する機会は稀でしょうからね』

「……そういう条件も与えて、ルオ商会のマネーを握らせれば、その医者を私のコントロール下におけるかしら?……その赤ちゃんを、私は……引き取るつもりなんだけど」

『養子に?』

「母親になったのよね、私。それに……私も、ルオ・ウーミンの養子となった存在よ。それに……リタが守った子。スペースノイドだろうが、アースノイドだろうが……その子を搾取することは、この私が許さない。私の手元にいることが、その子を最も搾取から遠い立場にしておけるでしょう」

 ミシェル・ルオはそう信じている。宇宙と地球……この世界に渦巻く邪悪から、ヒトを護ることは難しい。でも、しなければらない。それが、きっと、私の役目の一つだ。

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