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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
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ACT208    『オーストラリアの青い空で』


 ……ジュナは、その手術が行われるのを、見守っていた。隣接する病院施設を見下ろしながら、強化された筋力を使い、窓枠に施された鉄の柵の囲いを曲げてしまいながら、ただ無力感に苛まれていた。

 ……ビジョンを見た気がしている。あの綺麗なブロンドの髪を剃られて、丸坊主になった頭部に、研究者たちはメスを入れる。リタの皮を切り開いて、頭蓋骨をノコギリで開き……脳の一部を抉り取ったのだ。

 リタは……その瞬間に、かつてのリタとは大きく異なる存在になったのだと思う。あのとき死んでいれば、リタの十年間にわたる実験動物としての人生は、無かったのかもしれない。

 コロニー落としを予言して、多くの人々を救った奇跡の存在に対して、大人たちがした行為は……彼女の人生を脳と共に破壊してしまうことだけだった。世界の残酷さと、自分の無力さに、ジュナ・バシュタは狂いそうになる。

 それでも……生きていることが出来たのは……リタとの再会を望んでいたからか?やり直せるとでも思っていたからか?……バカなことだ。自分に何が出来るというのだろうか?…………リタ……私が、お前にしてやれることは、今となっては、たぶん、一つだけなんだ。

 ……悪夢の終わりに、ジュナ・バシュタ少尉は瞳を開ける。無重力に浮いた体は、毛布に抑えられていた。自動的に、毛布が締めつけてくれる。磁気をつかった、その好意的な装置のおかげ、眠れる体は無重力に弄ばれることはなかったわけだ。

 強化処理のせいで、闇でも視力を失うことのない瞳で、天井だか床だか壁だか……無重力のなかでは、もはやそれらの区別をつけることは困難であるし、あまり意味もないことだが―――それを見つめながら、ジュナ・バシュタ少尉はため息を交ぜた言葉を吐いた。

「…………私に出来るコトってのは…………お前に、ちゃんとした死を与えることだけなのかな……お前に対して、してやれることって……本当に少ない……私は……どうしたらいい?…………リタ……私は、お前を、殺しても、いいんだろうか……?」

 ……罪深い行いではある。助けてやれるのか?……シミュレーターで訓練をすればするほどに、光速で飛び回り、戦艦さえも一瞬で潰す火力を持つフェネクスに対して、生け捕りにすることの難しさを思い知らされる……。

 ジュナ・バシュタ少尉は、多くの一般的な人間と同じように、正しいコトをしたいと考えていた。だが、これもまた多くの一般的な人間と同じように、正しいコトというモノが、いったい、どういう行為を示しているのかは、分からなかった。

「…………今、何時だ?」

 宇宙で時間を確認する方法は、時計を頼るほかない。グリニッジ標準時に合わされた時刻によれば、今は深夜の2時にあたるらしい。4時間は眠っていたようだ……少しは休めたようだが……。

 このままでは体力を回復させるには至らない。ジュナ・バシュタ少尉は、毛布の拘束から虫のように這いずり出ると、室内の壁に備え付けられている医療パックから、睡眠導入剤を取り出していた。

 そのピンク色の錠剤を、奥歯でかみしめる……精神科の処方には慣れている。だから、薬を飲み込むときにも、彼女は水を必要とはしなかった。睡眠薬を飲み込むと、すぐさまに毛布の拘束のなかへと体を潜らせていた。浮かび上がって、アタマをぶつけて首を折るのは、無様が過ぎる……。

「……こんな場所で死んでいる場合じゃない。死ぬとすれば……そうだ。お前に殺される時だけが、私の死には相応しいよな、リタ・ベルナル……」

 ……薬物に頼り、ジュナ・バシュタ少尉は再び、夢の世界へと落ちていく。

 夢のなかで、彼女は……飛行機乗りであった父親の夢を見る。オーストラリアの赤い大地を見物させてくれると、年代モノの複葉機でジュナの父親は彼女のことを空へと誘うのだ。

 世界を見下ろすことの出来る、雲海の上……赤い大地は、自分たちの一族の髪と同じ色だからだろうか?ジュナには、その土地が、まるで自分の王国のように思えてしまう。

「……お父さん、私も、飛行機の、パイロットになるわ!」

 そんな言葉を、空のなかで父親の背中に向けて叫んでいた。風に負けないように、大きな声を使ったつもりだが。父親の耳に届いていたのだろうか……?父親は振り返ることはなく、空へと昇る、特別な軌道でジュナを楽しませてくれた。

 世界がくるりとひっくり返るような、不思議な感覚だった。ジュナ・バシュタは、並みの三半規管ならば、嘔吐してしまうような機動に対しても、あっさりと順応してしまっていた。

 彼女は……ニュータイプの素養がある以前に、パイロットとしての素養を持っていた。しかも、パイロットではなく、飛行機のパイロットとしての素養を、彼女は血筋として引いていたのだ。

 夢のなかで、ジュナ・バシュタ少尉は、父親が見せてくれた、数々の曲芸飛行を思い出していく。それらの動きを……ジュナはナラティブガンダムでも表現できることに気がついている。

 ……この夢は、もしかしたら、父さんが私に授業をつけてくれているのかもしれない。そんな考えを抱きながら、ジュナは空の中で踊る複葉機を、懐かしさに輝く瞳で見守り続けていた―――。

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