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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
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ACT206    『0079』



 ……パイロットたちの休息が終わる頃、ナラティブガンダムのオプション・パーツが輸送機に運び込まれていった。ジュナ・バシュタ少尉は久しぶりの肉料理をたんまりと食べた後で、睡眠を選んでいた。過酷な訓練の連続は、彼女の肉体も精神も消耗させている。

 体力の回復を優先するため、さっさと寝ることにしていた。疲れ切っていた体に、栄養が入り、あっという間に睡魔に呑み込まれていく……。

 輸送機のなかにある、個室は快適な気温に空調されていた。宇宙は便利なものだ。常にヒトの最適な気温に保たれている……重力が軽いせいで、関節がムダに緩んでしまい、体中の関節が引き千切られるような痛みが生まれるが、まあ、それぐらいなら悪くはない。

 ベッドの上に、満腹となった胃袋と共に転がることの、快楽たるや……ジュナ・バシュタ少尉はその充足感に導かれて、すぐに夢の世界へと入って行く。スケジュールはアタマに入っていた。このまま、眠っているままに輸送機は出航するだろう……。

 輸送機はゆっくりと飛び立ち、やがて……眠れるジュナ・バシュタ少尉の体は宙に浮かんでいく。

 固定された毛布のおかげで、彼女の体が壁や天井に当たることはないのだ。無重力の不自由さというものもある……固定せずに宙を漂ってしまえば、どこかにアタマをぶつけて首を骨折することさえあるのだから……。

 ……眠りのなかにいるジュナ・バシュタは、十才の少女に戻っていた。

 ―――バスを止めて!

 リタ・ベルナルがそう叫び、慌ただしい勢いで、海岸に向かって走って行く。いつもは大人しいリタが見せた、その異常な状態に、ジュナもミシェルも反応する。

 引率の教師の制止を振り切って、二人は幼なじみを追いかけた。小柄なリタは、普段、足が遅いのだが……このときばかりは違っている。追いかけた。追いかけて……やがて、海岸を見つめながら、乱れた息を整えているリタを見つけるのだ。

「リタ?」

「……どうしたの?……震えてるよ?」

「……二人とも、こっちに来て…………私の手を、握って……」

 リタは振り返ることもなく、ただ青い海と空を睨みつけたまま、そんな言葉を口にする。ジュナもミシェルも、その言葉に従う……少女たちの小さな手が、結びついていく。リタの小さな手は、汗ばみ、冷たくなっていた。そして、ガタガタと震えている。

 だから。

 強く握り返していた。ジュナも、そして、ミシェルも。勇気を与えてあげようと考えていたのかもしれない。それは、反射的であり、本能的な動作であって、ジュナにもミシェルにも説明することは難しい反応だった。子供ながらの直感かもしれない。あるいは、幼なじみだからこその理解が成せた技だったのか。

 とにかく、リタ・ベルナルはその瞬間に力を発揮していた。ニュータイプ、あるいはサイキックかもしれないが……どう呼ぼうと、ヒトには本来、備わってはいない、不思議な力が、そのときつながれた指からジュナとミシェルの体のなかに入って来た。

 そして。

 ビジョンを見せてくれたのだ。

 空が落ちてくる光景―――ジオンのコロニー落としによる、シドニーの破壊の光景であった。地上が灼熱を帯びた衝撃波により薙ぎ払われる。全てが焼き払われて、焦げ臭い風をジュナとミシェルは浴びるのだ。

 二人は、驚いた。

 驚き、恐怖して……それでも、疑うことはなかった。

 それは事実なのだと直感していたし、そう訊けば、リタはうなずいてくれた。コロニーが落ちて来て、自分たちの住む町は消えてなくなるのだ。その事実を、三人は共有することが出来たのだ。

 だから、ジュナとミシェルは、必死になって街の大人たちを説得した。コロニーが落ちてくる!……地球連邦政府は、避難準備を命令することはなかった。連中は、地球の人口が減ることを望んでいたからだということを、ジュナは大人になってから理解する。

 ……失業率の高さと、疲弊した経済。世界を運営するには、あまりにも地球人の数は多すぎたのである……だからこそ、地球連邦政府は、コロニー落としに対する警戒も警報も市民に発表することはなかった。

 これは、ネオ・ジオン軍によるダブリンへのコロニー落としの際にも繰り返されることになる悪意であった。地球連邦政府は、地球に暮らす人々の死を願っていた。

 適正な人口というものは、たしかに存在してはいたのである。ヒトがあまりにも多すぎると、社会構造は破綻する。ヒトが社会に対して存在していい居場所の数は決まっている。それが多いと失業が生まれ、地球の環境も悪化するのだ。

 ……地球連邦軍がジオンに対して劣勢になったのも、ジオン軍の殺戮を受け入れていたから、そういう見方さえも出来る。権力を奪われることは、宇宙に浮かぶコロニー国家たちが自治を獲得することは、地球連邦政府は好みはしなかったが……人が死ぬ戦争には、大いに賛成していたのだ。

 だからこそ、ジオンの動きを過小評価しつづけた。警鐘を鳴らす者たちを、権力から遠ざけ、投獄することまでして、地球連邦政府はジオンに地球侵攻への機会を与えていた。

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