ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
目次

ACT205    『バイブレーション』


「……そ、それって、もしかして……まさか……っ?」

 工場長は心に浮かべている。あのアムロ・レイ以外には生意気な、才能あふれる若い技術士官の姿を。美しい若い女の子……自分の娘よりも、ちょっと年上だった。恋する瞳で、いつもアムロ・レイ大尉のことを追いかけていた。

 軍人というよりは、本当に女の子だったのだ。アムロ・レイ大尉のために、νガンダムを生み出そうとして必死だった。あれは、露骨なまでの愛情表現だし、軍事行動の私物化だと言われるかもしれないほどに……彼女は、アムロ・レイ大尉のために生きていた。

 彼女の知性と、彼女の心血と、彼女の命の全てが……νガンダムには宿っていたのだ。それはモビルスーツ開発者として、分かる。サイコミュや、神経感応系のデバイスを搭載した装置は、パイロットだけでなく、作り手の心さえも反映するのだ。

 我々の精神活動は複雑に見えるが、その実……至極、単純な部分もある。感情のままに、全ては統制されているのだから……コクピット周りが、3キロも重くなったと怒鳴られた時に、分かってしまった。どれだけ、あの女の子が、アムロ・レイのために才能を捧げているか……っ。

 イアゴ・ハーカナ少佐は黙りこくってしまった工場長の前で、頭をかく。

「……オレは、ニュータイプではない。だから、完全にあのとき起きていたことを、把握することなんてのは、ムリなんだよな……きっと」

 それでも。

 分かっていることがある。あのとき……オレたちは、どうして絶望を越えられたのか?嘆きと悲しみと怒りがもたらす思考停止の暴力から解き放たれて、敵も味方も、どうしてか、あの翼を失ったガンダムに視線を向けたのだろうか?

 落ちていくアクシズを止めてやろうと、その両腕でアクシズを押し返そうとするνガンダムを、どうして、オレたちは認識することが出来たというのだろうか?……分からなかったことが、今、分かった気がしている……。

「……オレは、ニュータイプじゃない。でも。あのとき、あの戦場にいた者として、理解していることがあるんだよ。あのとき……敵も味方も……きっと、声を聞いたんだと思う。世界の時も空間も越えて……あの魂を宿らせるというサイコフレームが……戦場に、アムロ・レイを助けてやれという切な願いを放った……そんな気がするんだ。オレたちは……主義じゃなく、ただの感情に、心を反応させられたのだと思う……それは、きっと、戦場で殺し合いをする戦士の言葉なんかじゃないんだ……」

「……ああ……チェーンさん……連邦軍に、謀殺されたとしても……っ。貴方は……アムロさんのことを…………わ、私は……っ」

「……どうした?」

「わ、私は……彼女に、サイコフレームの試料を送ったんです。アレは……アレは……チェーンさんの魂を保存して……少佐たちに告げたのかもしれない……っ」

 涙があふれてくる。視界を歪ませながら、工場長は月面から天を見つめる。そこに、チェーン・アギを作っていた原子は漂っていると信じている。魂を宿らせる肉体は消滅したとしても……きっと、命の最期を迎えたって、貴方は、アムロさんのことを愛していますよね、チェーンさん。

「……チェーンという人物と、親しかったんだな」

「親しいというか、仕事仲間でした。若い、女の子で……アムロ・レイさんの恋人だったんですよ……有能なヒトでしたけど……本当に、ただの女の子だった……戦場で、散ってしまって、いい命じゃなかったんです……」

「……そうか。オレが、ニュータイプだったら、真相をアンタに教えてやれるのに」

「いいえ。いいんですよ。サイコフレームを起動させられるヒトは、あそこに二人だけしかいなかったと思います。アムロ・レイ大尉と、サイコフレームの試料を持っていたチェーン・アギ准尉だけですから……きっと、彼女は……命を使って……サイコフレームを連動させたのだと思います……」

「……彼女も、ニュータイプだったと?」

「さあ……分かりません。でも、アムロ・レイさんと一緒にいた。ミシェル・ルオさんも言っていましたよね、『感染』する……ニュータイプって、うつるんじゃないでしょうか。あるいは……彼女のお腹には、ニュータイプとして生まれる命がいたのかもしれない」

「……そうか。アムロ・レイの子供ならば……大きな力を持っていても、おかしくはないだろうな……」

「どちらにせよ。きっと……アクシズから地球を救う力の一つに、チェーンさんも融け合っていたのだと、私は思います。彼女は……彼女が、アムロさんから離れるハズはありませんから。死んだって、きっと……いっしょにいるんだと思いますよ、私は」

「……死をも超越する愛情か……そうだな。オレが、あのとき感じたのは、そういうものであって欲しい。戦争を止めて、憎しみを放棄したオレたちが、オレと、あのネオ・ジオンのパイロットが、アムロ・レイ大尉とνガンダムを感じることが出来たのは……きっと、その女の子のおかげなんだろう」

目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。