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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
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ACT203    『月に浮かぶ新しい魔女』


 一年戦争で生まれたモビルスーツ・パイロットたちのあいだには、殺戮者が大勢、生まれてしまっていた。コクピット・ブレイクを好んで狙う、戦争犯罪人のような集団たちだ。

 そういう人物の少なくない数が、ティターンズに流れていった。彼らは保守派の顔をかぶった殺戮愛好者たちであり、ティターンズの傾向そのものである。

 モビルスーツでの戦いにもルールがあるべきだ。戦争とは、最低限の法律で制御された軍事資産の消費合戦であり、決して無為に人命を奪うための行いではない……それは当然の概念であったハズだが、強権的な集団や組織においては、そういう理性めいた言葉は暴力の放つ正義の前に淘汰されることも多い。

 ティターンズという存在は、その典型的な集団だった。独善的な地球至上主義者のエリート集団、それがティターンズだった。

 スペースノイドたちの少なくない数が、ネオ・ジオンと総帥であるシャア・アズナブルに期待を寄せた理由も、イアゴ・ハーカナ少佐には分からなくもない。地球側とスペースノイドのあいだには、相互に対する憎しみと暴力の歴史が続いているのだ。

「……モビルスーツ・パイロットであるということには、大きな責任と適切な職業倫理が架されるべきなんだ」

「それがなければ、ヒトは殺戮に魅入られてしまう?……モビルスーツのコクピットに乗り込んで、何度か戦闘を経験させてもらったけれど。自分が圧倒的な存在になってしまったというような錯覚を感じられることは出来たわ」

「……勝ち戦なら、そういう錯覚にも取り込まれる。そうなれば、ヒトは増長してしまうものだ。殺すことと、己の有能さが一致しているような価値観が頭に出来てしまえば、それはとても危険な傾向になる」

「モビルスーツ・パイロットの最も多い戦争犯罪は民間人をモビルスーツで踏みつぶすことね……」

「ティターンズのパイロットたちは、あえてそれを行っていた。力を示すことと、恐怖を民間人に植え付けることを混同していたのだ。ヤツらには、モビルスーツに乗るための資格もなければ、兵士として戦時下の法律で守られる価値もないクズどもだったよ」

「ティターンズのパイロットは、いきがっているヒトが多かったですもんねえ。あの態度は、宇宙に住む者たちの印象を悪くしました。まあ、彼らもデラーズフリートが起こした事件のせいで、大義名分を得たのですけれどね」

「……連邦軍の艦隊を、アトミック・バズーカで吹き飛ばすか。コロニー落としの実行もな。デラーズ・フリートは狂気の集団だったな……今の『袖付き』よりも思想にかぶれていた分、サイアクだった……」

「……結局のところ、宇宙も地球も、そこにいるヒトってのは邪悪な存在だってことなのかもしれないわ……人としての肉体に執着しすぎているのかもしれないわね」

「……人の体があってこそ、出来ることもあるぞ」

「あら?……サイコフレームにヒトの魂を保存して、永遠の命を得られるのかもしれないのに?」

「面白いコトを考えますね。なるほど、たしかに、アレだけの複雑なサイコミュのシステムなら、精神構造の保存も、まったくもって不可能ではない……ただし、その状態がヒトだと言えるのかは、分かりませんがね」

「機械みたいに思える?」

「ええ……私には、そんな風に思えます。でも……肉体から解放されて、魂だけの存在として得る永遠の時間というものは……どういうモノなのか、興味がありはします」

「いつか、体験させてあげられるかもしれないわよ。人類は、サイコフレームに融け合うことで、永遠の命と、無限大の力を得られるのかもしれないわ。銀河の果てまで……フェネクスみたいに飛び回りながら、亡くなった全ての人々の魂と触れ合う。それって、孤独ってものから、最も遠い行為なのではなくて?」

 『孤独から最も遠い』……その言葉には、イアゴ・ハーカナ少佐も興味を惹かれるものがあった。彼もまた大勢の部下を亡くして来た身である―――かつての戦友たちと、また出会えたら、それがどれほど嬉しいことになるのだろうか。

 いや……戦友どころか、家族もだ。一年戦争で死んだ弟や両親たちも、全ての失われた命との再会を楽しみながら、銀河の果てまで飛んで行く……パイロットとしては、それほど楽しい旅はないのではないだろうか?

「……ねえ。貴方にだって、会いたいヒトはいるでしょう、イアゴ・ハーカナ少佐?」

 まるで、月面に君臨する美しい魔女みたいに、ミシェル・ルオは長く艶やかな髪を軽い重力下で踊らせるように振りながら訊いてくる……。

 美女からは、とてもいい香りがした。男の本能をくすぐってしまう魔性がそこにある。その魔性に呑まれることを恐れながら、イアゴ・ハーカナ少佐は彼女から顔を反らしていた。だが……質問には答えることにしている。

「……会いたいヤツは、大勢いるよ。親しいヤツで、死んじまったヤツもいる……それに…………」

「それに?……口ごもったのね。その人物の死に対して、貴方はいちばん後悔しているんでしょうね」

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