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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
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ACT202


「……知っているが。現場からでも、意見を訴えることは出来る。強化人間に頼らなくても、十分な戦力を出せることを証明すればいい。軍や政府の上層部だって、費用対効果という言葉の意味ぐらいは理解しているさ」

「見栄でも権力者は愚行を犯すわよ。合理的な判断をするのがヒトだなんて、あまりに可愛らしい認識だと思うわ。ヒトは、非合理的な判断だって、いくらでもしちゃうわ。欲望や見栄なんていう厄介な感情があるのだから」

「……そうだとしても、オレは現場であがいてみせたいんだ。強化人間に頼るという風習を、はね除けたい……エゴだろうか?」

「エゴでしょうね。でも、素敵なエゴなら、いいなじゃないかしらね」

「……ああ。地球圏屈指の権力者になりそうな君から、そういう言質を取れたことにオレは満足しているよ」

「階級二つは出世させてあげられますわ。でも、それから上は難しいでしょうね」

「二階級特進か。怖い響きがある」

「戦死すればそれも叶うっていう冗談ではないわよ。私は、そんな悪趣味なことはしません。少佐の戦歴ならば、十分に大佐になったとしてもおかしくはない。現場にいることを欲して、出世を拒んでいるわね」

「……否定はしない。まったく……よく調べているものだな。オレの経歴は、全て把握済みか?」

「腎臓に疾患の疑いがあることも知っているわ」

「……プライバシーの侵害だぞ?」

「いい医者と薬を手配してあげる。高級な新薬も、届くわよ。イヤかしら?……パイロットとして、宇宙で戦い続けたせいで、あちこちの微細な神経や血管が壊れ始めている。年齢以上に、少佐の体はボロボロよ。気遣うことを覚えたほうが、いい頃合いじゃある」

「そうですよ。我が社のテスト・パイロットとなってくれるかもしれないお方ですからね。それに……一般論として、大事ですよ、健康?……日々をより良く暮らせます」

「……たしかにな。分かっちゃいるが、モビルスーツ・パイロットとしての職業病だとあきらめている……」

「漢方ベースの新薬もいいものよ?お茶や太極拳で心を落ち着かせながら、そういうのを飲むの。体質を改善することで、長生きする……アジアでは4000年前からの常識よ」

「高いんだろう、漢方?」

「ルオ商会の作戦に協力してくれているのだから、十分な量が無償で届くわ」

「そういうのも、君の懐柔策かい?」

「有益な人物は、死なないで欲しいと思うものでしょ?……それに、私に恩を売られるのがイヤならデータ回収の仕事としてもいい」

「またモルモットかい?」

「そういうことよ。現役エース・パイロットが抱える腎臓疾患について、良好な治療データを見積もることが出来たらなら、スペースノイドのパイロットにも地球連邦軍のパイロットにも売れるでしょう?」

「健康に気を使うパイロットばかりとは限らないものだぜ?」

「逆ね。健康に気を使わないパイロットばかりとは限らないものなのよ?」

「……そうかもしれないな。家族を抱えている者もいる……」

「結婚しない主義なの?」

「……好きな女もいたが、オレより他の男を選ぶさ。いい年扱いて、巨大なロボットに命捧げている男なんて、気持ち悪いだろ?」

「……え?」

「ああ。エンジニアは別だ。君らは、心血を注いでいるが、敵に殺されることはない。オレたちよりも、ずっと仕事中に殉職する確率は低いだろう……たまには、事故も起きるだろうが。それは、悪意に由来する攻撃ではない」

「……そうですね。何人も同僚を事故で喪って来ましたが……前線で戦うパイロットほどではありません……はあ、アナハイム・エレクトロニクスに出向して来てくれていた連邦軍のパイロットも、ジオンのパイロットも、ほとんどが戦死していますよ」

「パイロットの死亡率の改善は、成されないのね」

「動く棺桶ってのが、一年戦争時のあだ名でしたよ。モビルスーツのね」

「ハハハ。懐かしい響きだな。実際、あの戦争では、その通りだった。皆が、手加減も知らなかったからな……モビルスーツの乗り方が荒くて、勝者は敗者に上手く手加減することが出来なかった……そのときに、殺しに取り憑かれたヤツも多くいたな」

「殺すのって、癖になるのね」

「……イヤな訊き方をするなよ。でも、まあ、たしかにそうだ。有能な敵を殺せば、他の何を成し遂げたよりも大きな快感に浸れるよ。尊敬を抱いていた敵よりも、自分がよりマシな存在になれると思うと、心が痺れる。良くないことだがな」

「そうね。それは良くない行いに他ならないわ……でも、それがモビルスーツ・パイロットであるということの本質なのね」

「……そうだ。戦争犯罪と言ってもいいが……戦場では、そういう殺戮者の本能を持ったクズが評価されることだってある。多くのパイロットは、そういう観念を理性や、職業倫理で封じることが出来るが、幼稚なヤツもいるんだ。そして、そういうの殺し屋に限って重宝されてしまう。そいつが指揮する部隊は、似たような殺し屋集団が集まり、文化が継承されてしまう。ろくでもない悪循環がある」

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