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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
目次

ACT196    『戦争に消費される者たち』





 ミシェル・ルオの氷のように冷たい瞳を見て、イアゴ・ハーカナ少佐は顔をしかめてしまった。強化人間、その立場はあまりにも悲惨な存在たちである……。
 ニュータイプの素質がある少年や少女たちを集めて、彼らに人体実験を行って来た。マンガのようなハナシだが、実際にヒトの肉体を改造しているのだ。数日前にも目撃したではないか、『ストレガ・ユニット』……オーガスタ研究所の残した、邪悪な研究産物を。
 オーガスタ研究所の犠牲となった子供たちの脳を、機械で繋いで作り上げた兵器だ。ジュナ・バシュタ少尉の手のなかにある、小さな機械の箱……それが頭に思い出される。あの小さな箱のなかに、子供たちの切り出された脳細胞が詰まっているのだ、モビルスーツの機能を向上させるためだけの道具として……。
「……すまない」
「いいえ。貴方が何を謝る必要があるのかしら?……同じ陣営に所属していた、無力な大人の一人じゃない。それだけで、私の怒りが貴方に向くわけないわ……」
「……何か、どうしても、その言葉を誰かに告げたかったんだ」
「ジュナにも言ったかしら?」
「……大人だったんだぞ、君らが悲惨な目に遭っていた時にはな、とっくの昔に大人だった……それなのに、オレは……何もしなかった」
「罪だと思えるのなら、貴方はいい人ね」
「……いい人なら、行動しているんじゃないだろうかな。オレは……行動することが出来なかった。悲劇を認識しながらも、オレは……嫌悪を感じながらも、何もしなかった。すべきことは、いくらでもあったハズなのにな……それでも、ただの傍観者であることしか選べなかった……」
 だから、オールドタイプなのだかろうか、オレは?……少々、腕が立つだけであり、世界を救おうと抗うことも出来やしない、ただの一凡人に過ぎないのか…………力があれば、もっと大勢を救えたのだろうか?
 ……難しくはない。オーガスタ研究所を、モビルスーツで強襲するのは、難しいことじゃない。それでも……皆、誰もがそれをやらなかった。戦時の混乱に追われていたからか?秘匿されていた機関だからか?
 ……でも、多くの大人たちが、その存在を知っていたというのに。それでも、誰もがそんなことを止めようとしなかったというのか…………。
 ……ああ。
 ジュナ・バシュタ少尉の叫びが、頭のなかに蘇る―――コロニー落としを予言して、大勢のヒトを救ったのだ。リタ・ベルナルは……そんなリタ・ベルナルにヒトがした所業は、脳を切り取り、強化人間として兵器の一部として消費し……彼女の人生を徹底的に破壊し尽くしたあげく……今は、フェネクスとやらの操縦席に囚われている。
 生きているのか?
 いないのか?
 それさえも分からぬ状態に成り果てて、宇宙を孤独に彷徨っているのか…………ヒトってのは、どこまでも……悪だな……ッ。
 世界の持つ邪悪さに、吐き気を催し、目眩さえも起こしながらも……イアゴ・ハーカナ少佐は立ち続ける。
「…………今さらかもしれないがな……それでも、オレは……善いことをした彼女を、助けてやりたくなった…………」
「リタを助けて下さいね。それが、きっと、貴方の苦しみを少しはマシにしてくれる、多くはない方法のなかの一つだと思いますわ」
「……君らにだって、何かしてやりたいよ。ステファニー・ルオ」
「……私は、リタが乗るフェネクスを回収することが出来たなら、それで十分じゃあるのよ。そんなに、多くのことを望んだりはしないわ……」
「……フェネクスの力を、使うつもりじゃあるんだろう」
「…………リタが、許してくれたらね」
「……そういうことか。それなら……しかたがないか。リタ・ベルナル少尉には、その力を自由に行使することが許されるべきだ……人を不幸に導かない方法ならば、それは誰にも止める権利はないことだ」
「……かつては、その力で鳥になろうとした。銀河の中心を目掛けて、ただ本能みたいに飛び回っていた。それは……きっと、リタには特別に楽しい瞬間だったはずよ。リタは、脳を削られ過ぎていたもの……動物みたいに、本能的な欲求を満たしてくれる行為に夢中になっていたのよ……きっとね…………でも、戻って来た。何かすべきことを、彼女は見つけている。私に力を授けるためかもしれない。もしくは……他のことかもね。それなりの権力を手にしているのに、けっきょく、助けてやれなかったのよ。ダメな大人はね、リタに謝罪すべき立場にある大人は、貴方だけじゃないのよ、イアゴ・ハーカナ少佐」
「……ミシェル・ルオ……」
「…………工場長。脱線してしまったわね。装備の情報を、教えてくれるかしら?言いにくくなっちゃったかもしれないけど……今は感情なんかを気にしていられるようなナイーブな状況なんかじゃないのよね……」
「……お強い方ですね、さすがは、ルオ商会の継承者であるお方だ」
「ルオ商会のリーダーは、強くなくちゃ出来ないのよ。私はね……地球の未来を背負っているのよ。幼なじみを助け出して……さっさと地球に戻る必要があるのよ」


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