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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
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ACT187    『野に消える』


 そのガレージの中にあったモノを見つけると、隊長は大いに喜んでしまう。古いセダン型の車だった。ビンテージものだろう……ここの家主の趣味だ。北米人は壊れた車を直す作業を好むという、変わった趣味のヤツがあちこちにいる。

「オレたちにはラッキーな趣味ですね」

「ああ。問題は……エンジンがかかるかどうかだがな……」

 隊長はその車のドアを開ける。ここにも鍵がかかっているかとは思っていたが、それは杞憂に終わった。ドアを開いて、シートに座った。車にキーは刺さっていない。だから、車内を探るのだ。

 そして、隊長は見つけ出す。ダッシュボードのなかに、車のキーは放り込まれていた。

 キーを突き刺し、試してみた……エンジンはドドドと動き出していた。燃料も入れているらしい。満タンではないが、半分以上は入っている。

「動きそうだぞ」

「やりましたね。それじゃあ、さっそく、逃げましょう。ガレージのシャッターを開けますよ」

 オーガ4は壁にあるボタンを押した。ガレージのシャッターがゆっくりと持ち上がっていく。オーガ4はそれが完全に上がりきるのを確かめた後で、隊長の乗る車に入ってきた。

「……行けますよ!」

「出すぞ」

 年代モノの車を運転する楽しみというのも、隊長にはあった。無精ヒゲが生え始めている顔に喜びの色を走らせて、アクセルをゆっくりと踏んでいた。

 車はゆっくりと前進を始める……そのままハンドルを左に切る。庭を抜けて車道へと向かった。車道に出ると、隊長はアクセルを踏み込み、スピードをゆっくりと上げて行く。

 放射性物質の雪が積もった道を、その古くさい車は蹴散らしながら高速で走り始める。順調に動いてくれる。

 古くさいからといって、整備を怠らなければ、十分に80マイルは出せるのだ。

 基地から遠ざかるのだ。全速力で車を飛ばして。怪しまれることはないだろう。誰しもが、放射性物質の影響からは遠ざかりたいものだから……。

 助手席に座ったオーガ4が、背負っていたリュックから薬を取り出す。頭痛薬のパッケージに入っているが、放射性物質が体内に蓄積することを予防するための薬だった。それを一つ飲み、もう一つを隊長に渡す。

「隊長、飲んでおいて下さい」

「ああ……手のひらの上に置け」

「了解しました」

 モビルスーツを操ることに長けた手の上に、オーガ4は錠剤を置いた。隊長は、それを口に入れて、奥歯でバリボリと噛み砕いた後で呑み込んでいた。これで……少しはモビルスーツを操縦するための時間が延長してくれるだろう。そんな期待を覚えながら。

 ……車は、そのまま4時間ほど高速で走り続けていた。それだけ走れば、世界は平常を取り戻していた。ラジオをつけると、ハードナー基地がジオンの残党に襲撃されたことをしきりに報じている。

「……いいカンジに騙せているみたいですね」

「そうこなくてはな……色々と、細工をした甲斐がないというものだ」

「ええ。オレの機体にも……ジオン軍が使っていた制式拳銃やら……本物の勲章まで置いて来ましたからね……あとは、犯行声明も、各種のメディアに送りつけられているハズです」

「北米のジオン残党狩りが激しくなる。良いことだ。ルオ商会への嫌疑が晴れるのならば……後はどう転ぼうが興味はない……」

「オレたちは、ルオ商会に戻れますかね……?」

「一年は接触しないようにするぞ。しばらくは、各地を転々とする。偽名を作り、生活の実績を残しては……自殺でもしたことにして社会から消える。そういう行動を繰り返して、捜査の手が及ばないようにする……なあに、モビルスーツ乗りの仕事は多い」

「戦闘用のじゃないですけどね」

「戦闘訓練だけで、強くなれたわけじゃないだろう」

「……そうですね。はい。楽しむことにします……せっかく、生き残れたんですから」

「ああ……オーガ2と……オーガ3の分まで……モビルスーツに乗り続けるとしよう。いつかは、ルオ商会に戻り、ミシェルさまの下で働いてみたいものだが……そのためにも、ちゃんと行方をくらませるとしようぜ」

「ええ。オレたちは、自分を抹消するための旅に出るってわけですね」

「そういうことだ」

 ……隊長は深夜遅くまで車を走らせた。オーガ4には仮眠を取っておくように命じて。

 その後、深夜営業のガソリンスタンドに立ち寄り、ガソリンと食料を買っていた。焼いたパンに牛肉を挟んだものだった。雑な味がしたが、カロリーだけならそれなりにはありそうだ。

 それをむさぼり食いながら、運転を実行する。

 深夜3時になり、さすがに限界が訪れた。隊長はオーガ4を起こして、運転手を交替して車を走らせつづける。隊長は助手席で仮眠を取ろうと考えた……どうにも、疲れ切っていた。

 もしかしたら、放射線をたらふく浴びた影響が出始めているのかもしれない。隊長はまた錠剤を飲むことにした。多く飲めば効果的だというものでもないだろうが、少なくとも気持ちは紛れてくれた。

 朝が来ても走り続けて、気づけば2000キロは移動していた。

 朝8時の、ラジオ・ニュースで、ルオ商会のステファニー・ルオが行方不明だということを聞けた。隊長とオーガ4は喜び、意味もなくクラクションを鳴らして、彼女の死を祝福していた―――。

 ―――彼らは、その後、完全に足取りをくらませることに成功する。彼らは任務を完全に成し遂げてみせたのであった。
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