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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
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ACT165    『歴史の申し子』




 あまりにも血なまぐさい歴史の果てに……自分たちはいるのだ。

 自室で宇宙の無重力を体感するように浮かびながら、ミシェル・ルオは己の細い腹を指でさする。新たな世紀を生きる予定の、新たな生命がそこに宿っているハズであった。

 処女のまま、その無垢な子宮に彼女は、『お父さま』の子を着床させている。

 自分の卵子と、冷凍保存中であったルオ・ウーミンから取り出した精子により作り上げた受精卵。

 ルオ商会以外の全てに落陽の兆しが見える中……歴史の流れ次第によれば、その受精卵から誕生する王者は、地球圏の支配者にさえなれるほどの地位を約束されようとしている。

 自分で作ったシナリオなのだから、ミシェル・ルオはその全てを理解していはいるのだが、まだ外見的な変異の兆しがまったく存在しない自分の腹を見ても、母となろうとしている実感がない。

 セックスをしての受精ではないからだろうか……?人工授精だから?お父さまと私の遺伝物質が絡み合いながら生まれた、次の王。それはまだ数回の細胞分裂しかしていないからだろうか……?

 宇宙船のなかで、つい先ほど行われたばかりの処置に……ミシェル・ルオは実感がない。超一流のスタッフたちは、またたく間にその作業を完了させた。

 凍結保存していた受精卵を、ミシェル・ルオの子宮に突っ込むだけの、簡単な作業だからだろう。宇宙空間の方が、着床させやすいのだとも言われたが、詳しい説明を聞く気にはなれなかった。

 なんというか、母になったという感覚を、自覚することが出来ていない。まあ、女とはそういうものかもしれない。つわりなり、腹が大きくなるなり、妊娠の徴候を来してこそ、母体となったという自覚を得られるのかもしれない。

 男とセックスした初日に、母親である自覚を得ることはないのであろう。自分はそういう形でお父さまとセックスをしたことはないから、強く主張するまでの根拠はどこにもないのであるが……。

 ……だが、どうあれ。医学は今のところ受精卵が健康であり、ミシェル・ルオの子宮はその受精卵をしっかりと受け入れたことを告げている。

 打たれていたホルモン剤により、ミシェル・ルオの子宮は受精卵を受け入れるべきコンディションにはされていたのだから、そんな場所にそれを挿入して埋め込めば、女として健康な状態である者ならば、高確率で着床は起こり、妊娠は完成するのだ。

「……この子は、ルオ・ウーミンの子。私は、その子を産む母親ね……処女で懐胎するのは不思議な気持ちよ、ブリック。聖母にでも、なったみたい」

「……初めての経験でしょうから。命をその身に授かる。ミシェルさまでも、戸惑うこともあるでしょう」

 忠実なる秘書は、ミシェル・ルオの考えを、今日もよく読み取ってくれている。女主は、そんなブリック・テクラートの態度をいたく気に入っていた。

 彼が生粋のゲイでなければ、キスぐらいしてあげてもいいぐらいには。

 受胎したはずの腹を手で抱えながら、ミシェル・ルオはくるりと宙を漂いながら回転する。

 さすがは強化人間もどきということか、あるいはニュータイプもどきということなのか、宇宙に対しての適応は、ブリック・テクラートよりもずっと早いものであった。

 長い黒髪を宙に漂わせながら、ミシェル・ルオは語る。

「この子はね、次の宇宙世紀の王になる子かもしれないわね」

「ええ。その可能性は、かなり大きいでしょう。ミシェルさまの策が、全て上手く行けば……次の宇宙世紀の覇者にもなるかもしれません」

「そうね。邪魔なのは、ステファニーお姉さまだけ。でも……愛するお姉さまの命も、もうすぐ終わることになる……」

「……ええ」

「……お父さまは、悲しまれるかしらね?ステファニーお姉さまが亡くなられたとしたなら……」

「それは―――」

「―――当たり前よね。自分の娘なんですもの。私みたいな、義理の娘よりも、ずっと愛しているに決まっているものね……」

「……愛は、比べるものではないのでしょう」

「そうかしら」

「私は、そうだと思います。ヒトは様々な人物や物体に、愛情を抱く存在です。ヒトには様々な愛が存在しているのですよ、ミシェルさま。それらを、比べたとして、優劣を競うことに意味があるのでしょうか?」

「……ブリックはそうなのかもしれないけれど。私には、順位はそれなりには大切なのよね。私は、きっとブリックよりも欲深いのよ。欲しいのは、一番だった。『お父さま』の一番の女になりたいし、ジュナの一番にもなりたかった」

「……お二人から、大切に思われていますよ」

「そうかしら?ブリックは、私のために嘘をついてくれる男だから、こういう時ばかりは信じることが出来ないわね」

「……ルオ・ウーミン会長は、間違いなく愛しておられます。親としても、男としても」

「意識があられるうちに、子種を下さったなら、もっと愛を自覚できたのだけれど」

「ジュナ・バシュタ少尉も、ミシェルさまを大切な幼なじみだと認識していますよ」

「それ、本当かしら?」

「本当です。彼女は、貴方がリタ・ベルナル少尉のために行動すると、信じていまる」

「……最愛のリタのために従順だから、大切なのかしら」

「曲解しないで下さい。ジュナ・バシュタ少尉には、リタ・ベルナル少尉も、ミシェルさまも大切な幼なじみなのです。貴方がたには、絆があります……どんなに傷ついても、それは、壊れることはなかった」

「……そうかもね。私は…………私も……リタに会いたいわ。この子が産まれたら、彼女にも、その小さな頭を撫でて欲しい」

「……そんな日が来ることを、祈ります。それが、たとえ……サイコフレームが生み出した楽園のなかであったとしても」


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