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　ジオン共和国外務大臣モナハン・バハロは、ジオン公国最後の首相ダルシア・バハロの息子であり、父親から強固な政治基盤を受け継いで現在の地位まで上り詰めていた。

　しかし、彼には夢がある。父親のように国のリーダーとなる……まあ、父親は敗戦処理の立役者であるだけで、真の意味の指導者では無かったのだが。

　政治というものが交渉で成り立つことは、十分に彼から学ぶことは出来た……。

　相手に富を与えれば、相手は哲学を曲げることもある。政治とは、けっきょくのところ、金と権力を駒にしたトレードに過ぎないのだ。チェスと同じようなものであり、チェスは昔から得意だった。

「……とどのつまり私は、連邦政府への駒が欲しいのだよ、ユーゴ中尉……『フェネクス』……最高に良質なカードだよ。私は、それがどうしても欲しい……地球連邦が『ラプラス事変』において負った、政治的な混乱……『月の女帝』さえ失脚する始末だ」

　大臣らしく尊大な態度であることを、モナハンバハロは選んでいた。その態度を国民に示せば、反感を買ってしまうこともありはするが……自分に忠実な部下の前では、むしろ強さを見せることがカリスマを作ることなど計算しての行いである。

　通信装置の向こう側には、赤い髪の女軍人がいた。マジメそうな顔……いや、実際のところ、彼女は極めてマジメであり、優秀だ。最高の優等生である、能力も高く、何よりも裏切るような大胆さを持ってはいない。

　制御しやすい、手堅い駒なのである。そんな女性をモナハン・バハロは好んできた―――ああ、『月の女帝』は有能かもしれないが、どこまでも傲慢で、自分の理想が一番だと信じているのが厄介であった。昔は、絶世の美女ではあったが……今では、見る影も無く老いていたな……。

『……『月の女帝』……アナハイム・エレクトロニクスの社長夫人ですか。マーサ・ビスト・カーバイン』

「ああ、そうだよ。彼女は一年戦争以来、宇宙世紀の経済的なリーダーの一人、アナハイム・エレクトロニクス社の信頼を失墜させたのだ。連邦軍との長らく絶対的であった蜜月は、ついに終わりを告げようとしている。彼らは自滅しようとしているのだ、かつてからの伝統を捨てている。そんなことをすれば、当然、政治的な基盤は脆弱になるのだよ……」

『……『フェネクス』を確保することが出来れば、我が軍への技術的な革新へともつながります』

「……それもあるが。それを我々が確保したことを公表するタイミング次第では、地球の新たな支配者たちの政治力を大きく削ぐことも可能だ。人脈乏しい新たな政治家たちでは、我々、スペースノイドとの間に起きる軋轢と、それに伴う経済的な騒乱を収めることは不可能だ」

『……新しきを挫き、古きを助ける……そういうことでしょうか』

「ああ。理解が早くて助かるよ。私は、『旧友たち』を助けたいのだ。失脚してしまった連中には、借りも貸しもあるんだがね……彼らに再登板するチャンスを与えてやれば、貸ししか残らなくなる。私は、『平和の象徴』である父上が、彼らに譲渡してしまった多くの利権を取り戻すことだって可能になるだろう」

『……地球連邦政府を、脅すための材料ですね』

「攻撃的に言えば、そうなるが……私は、もっと平和裏にコトを進めたいところなのだよ……ユーゴ中尉。君に『アレ』を預けているのは、こういう時のためだ。祖国に、名誉と利権を取り戻す。父上が結んだ、幾つかの外交的な不条理を、私が解決するためには……脆弱化している連邦政府に対する、『切り札』が一枚あればいい」

『……了解しました』

「ジオン共和国は、私の手で強くなるのだ。外交交渉……その力を使うことで、軍事力では成し得ぬことをする……そのためには、幾らでも協力は惜しまない。『フェネクス』……美しい名のその鳥を、必ずや確保したまえ。その任務が成功したあかつきには……君のジオン共和国軍での地位も、引退後の政治家転身の道も、私が保障しよう」

『……はい。その約束を、お忘れなく』

「それで。見つけているのだろうね？」

『……見つけました。ネオ・ジオンの……『袖付き』の情報収集能力は、驚くべきものです……』

「彼らからの情報か。ふむ。負け犬を飼っておけば、恩を返す日もあるようだね」

『……『フェネクス』は宙域ＧＯＲ２０４８５０２１……民間コロニー群の一部に潜伏しています』

「……民間コロニー群か。なるほど、面白いところに流れついてくれる」

『中立が約束されている宙域です。ここでの戦闘は、条約で固く禁じられています』

「……上手くやりたまえ。そのための、テロリスト―――『袖付き』なのだ」

『……分かりました。閣下に、良い報告が出来るように、尽力させて頂きます』

「シャアの『なり損ない』は、使えるんだな？」

『最近は、安定していますから。次の作戦が完了するまでは、持つでしょう』

「……状況次第では、彼にはテロリストとして死んでもらう。その旨を、君も理解して行動したまえ。アレにいくらかの情があるのであれば……死なせたくないのであれば、上手くやることだ」