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シフター

ジャンル: ロー・ファンタジー 作者: 東山テヤン
目次

雨の東都

『アセンション』
 それは自分のソウルシグナルの誤差が±15以内の者に意識を潜行させ、一定時間操る事が出来る能力、そしてその能力者のことを『アセンショナー』と呼ぶ。
 『アセンショナー』にはペアがいる。それはソウルシグナルの誤差が0である程に密接した関係であり、必ず男女で生まれる。各々が『シフター』と『ウツワ』と呼ばれ、その二人が巡り合った時、初めてお互いが運命の人であると認識する。その運命のペアが『ハイパーアセンショナー』と呼ばれる。
 
『カオル』
 雨の降りしきる『大韓民主国』から『アセンショナー』である彼女のストーリーは始まった。その国で生まれ、孤児になり、誰も信用できない中で一握りの人間との友情と愛情を育み、『アセンショナー』を探していた『組織《システム》』に彼女はスカウトされ『大日本民国』へと移住した。
 
 
『我々』
 『我々』は、この物語を読者に伝える為に存在する。誰にも『我々』は視認できないし、存在を明るみにすることはできない。それは彼女にも出来なければ、誰にも出来ない。『我々』はあなたがたそのものである。

 ★☆★☆
 
 雨雲は未だに晴れない。我々の上に大きく威厳有り気にずっしりと雲は広がり、その上の太陽は輝きを隠されたままだ。時計は昼を指しているにも関わらず、大日本民国の首都、東都の街は夜の様に暗いベールが降りていた。
 車は雨の中で水しぶきを上げながら道路のアスファルトを切り、人々は各々に傘を指して雨から身を守っている。ゴムの長靴を履き、レインコートを羽織った子供たちは嬉しそうに水溜まりに飛び込み、隣を歩く母親の足元を濡らし怒られている。

 カオルはそんな雨の光景を、あるカフェから眺めている。我々もそのカフェに入り込み、彼女の様子を伺う。彼女はいつも悪魔の汗のようなエスプレッソを一杯だけ注文して、3時間は潰す。店員がそんなカオルになにか言うつもりは毛頭ないというのを我々は知っている。なぜならば、彼女がここにいるのはいつも大きな仕事が終わって、暫しの休息であると店員は知っているからだ。だがもちろん、カオルが特殊な仕事であるというのだけは、店員の知るところではない。
 本来ならエスプレッソは短時間で飲むべきであるというのも、我々は長年の経験で知っている。本場のイタリアではニ口か三口で飲み切り、底の砂糖を掬って食べるのが粋だ。我々は実体が無く飲んだ事はないが、飲み方くらいは知っている。
 
 小さいデミタスカップの底に残った砂糖をスプーンで掬い、彼女は会計をしては店を出た。外は雨だが、彼女がそれを気にしている素振りはない。迷いなく雨の中歩き出す。
 白髪に見えてしまいそうな薄いピンク色の髪は次第に湿り気を帯びて首元に絡み、艷やかに照りを出す。彼女は雨が好きなのだ。
 この国に来て早二年程、既に人の目など気にもならないが、この東都は少し、外国人に対して冷淡だった。彼女にとって冷淡程度は苦にもならないが、あえてその境遇に身を置きたいマゾヒストではなかった。
 だから彼女は、傘を指し皆が顔を伏せる雨が好きだった。

 歩き出してしばらくして、彼女のポケットにあるスマートフォンが呼び出しを鳴らした。立ち止まりスマートフォンを取り出して画面を見ると、彼女は心ばかり広角を上げた。我々はその段階で誰からの着信か、すぐに分かる。
 彼だ。

「はい」
『はい、じゃないよ。どこにいるの?せっかく日本に帰ってきたのに、なんで直ぐ事務所に来ないのさ』
「カリム。もうすぐ帰るから、おとなしく待ってなさい」
『ほんとに?いっつもそう言いながら帰ってこないじゃないか』
「雨降ってるし、すぐ帰るよ」
『…うん、分かった』

 彼女はカリムとの電話を終えると、しばらく画面を見たまま静止し、ポケットにしまい込んだ。そして反対を向くと迷いのない足取りで進み始めた。彼女がカフェのあとどこかへ行こうとしていたのではないかというのは、我々は知っている。だが勘のいいカリムに釘を刺されたのだ。いつまでも放浪するわけにも行かなくなったのだろう。

 ここから先は彼らと彼女の時間だ。視認されないとはいえ、そこに部外者が入り込むのは無粋だろう。我々はカオルに付くのをしばらくやめることにする。

 読者諸君。これがこの物語の導入だ。
 カオルがこれから何をして何をなすのか、我々にも分からない。この物語の中を動ける分、読者諸君より自由度はあるかもしれないが、未来に関しては諸君と何も変わらないのだ。
 
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