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あなたがいない最初の夜

原作: Fate 作者: 衣織
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あなたがいない最初の夜

「……さよなら」

人理継続保障機関フィニス・カルデアは今日、その役目を終えることとなった。
人理の修復は終わり、微小な特異点こそあれど、それが人理の継続に影響を与えない限りは、この機関は無用の長物であり、また、魔術協会から見れば目の上のたんこぶに等しいものである。それを証明するように、失われた1年と、レムナントオーダーを果たしていた期間、合わせて2年強を共に過ごした職員たちは皆人事再編でここを離れることになり、そしてシステムは全て停止させられた。
つまりは。現在、わたしのサーヴァントは、マシュを除けば誰一人として残っていないのだ。

査問対象のわたし、マシュ、ダヴィンチちゃん、ムニエルさんの4人は、一部屋に押し込められた。口裏合わせで罪を逃れようとはしないと思ってもらえたのか、この4人で審問の期間を過ごせるのは、まだ幸いと言えた。
ダヴィンチちゃんはいつものように明るい調子で話しかけてくれるし、そのおかげでわたしも、マシュも、狭苦しい部屋の中で耐えられている。
ムニエルさんも、ダヴィンチちゃんの難しい話題を解説してくれて、わたしはそれでやっとダヴィンチちゃんの言いたいことを理解して、笑顔で対応できる。マシュはまだ不安そうだが、それも、査問会さえ終わればおしまいだ。きっと、協会はマシュを悪いように扱いはしないだろう。

―――ただ、眠りに落ちたときは、孤独だ。

夢を見る。大切なひとが、守るべきひとが、死んでいく夢。
黒い影がわたしを取り囲み、じっと目だけを光らせてわたしを睨んでいる夢。
手放したくはなかったあの手が、すり抜けていく夢。

息苦しさと嫌悪感と動悸で思わず飛び起きた。マシュとムニエルさんは疲れ切っているのか、わたしがたてた物音に気付くことなく眠っている。
だが。対面のベッドで横になっていたのは、ダヴィンチちゃんだ。彼/彼女は、睡眠の必要がない。ダヴィンチちゃんは、横たわっていた体を起こしてこちらを見た。

「悪い夢でも見たのかい、リツカちゃん?」

ダヴィンチちゃんはベッドから降りて、息を切らすわたしの背中をさすってくれた。

「……大丈夫だよ、ダヴィンチちゃん。ありがとう」
「なにを言っているんだい、君の健康管理も仕事のうちさ。……これだけのことが起これば夢見が悪くなるのも当然なんだ。いつでも起こしてくれたまえよ」

わたしの呼吸が落ち着いたのを確認して、ダヴィンチちゃんはやさしい手をわたしの背中から離した。ベッドに戻っても、私がいるから。という優しい視線をこちらに向けてくれている。
これだけのこと、か。こんなことなんて、今まで何回だってあった。
守るべきひとは、何度もこの手からすり抜けた。救うだけとも行かなかった。世界のためと言って、自ら、相手から伸ばされた手を振り払ったことだってある。それを今更直視させられたところで、あの日の自責より、ずっとましだ。今だって、助けられなかった命、切り捨てた命の感触が残っている。
わたしは、ひとごろしだ。ひとでなしだ。
そんなこと、わたしが一番よくわかっていた。
けれど、その自責で潰されなかったのは、彼がいたからだ。
夢の中でだけはただ健やかにいられるようにと、わたしの中に巣食う負の感情を全て背負い、戦ってくれたあの人が、もうどこにもいない。
彼と出会ってから、悪夢を見なくなった、焦燥に駆られて目覚めることも、なかったのだ。
わたしが立っていられたのも、わたしの代わりに怒り、わたしをいつも守ってくれた彼がいたからだというのに、今更彼の存在の有り難みに気付くだなんて、遅すぎる。

わたしの復讐者、わたしのアヴェンジャー。……巌窟王。
わたしはきみが信じてくれたほど、強くはなかったよ。

きみはわたしをいつだって導いてくれた。正しいか、正しくないか、そんなの度外視して、その結果何があったって、振り払ってくれた。
迷ったときは、いつだってどちらの道に何があるかを示してくれた。どちらを選ぶもわたしの自由だと、わたしの思いを認めてくれた。そして、いつだってわたしを守っていてくれたのだ。
いつもきみは、「オレはお前の復讐者だ」と言っていた。でもそのくせ、いつだって光を求めていた。復讐なんて言葉が似合わないくらい、切なくて、優しかったひと。
そんなひとは、もういない。もう会うこともない。
きっと、これからの人生は、今日までの旅を後悔するばかりだ。人間は、楽しかったことより、悲しかったことの方が記憶しやすい。後悔の海からわたしを掬い上げてくれるひとは、もう、どこにもいないのだから。

「……アヴェンジャー」

小さな声で呼んだって、返事がないのはわかっている。
それでも。
わたしは、きみに救われていました。いのちを、こころを、きみが救ってくれました。
いつだって折れそうになったわたしを奮い立たせてくれたのは、きみでした。
だから、わたしもきみの光になりたくて、走り続けてきたんです。
でも、それももう、終わってしまった。わたしはもうきみの光にはなれない。
そう思ったら、二度と会えないことがかなしくて、くるしくて、せつなくて。

そして気付くのだ。
これが、恋だったと。
あまりにも遅すぎた恋の始まりは、あなたがいない最初の夜に訪れた。
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