生死
その後のことはあまり覚えていない。
鶴丸が私の元に駆けつけた時、私は茫然と座り込んでおり、まともな状態ではなかったらしい。
思考が戻ってきた時には、あの事件からかなり時間が経っていた。
後から聞いた話だと、騒ぎを聞き付けた本丸からも応援が駆けつけ、ほどなくして事態は終息。
被害はあまり多くはなかったとの事だが、死傷者は確実に出てしまった。
私は日夜、ひとりで審神者業に没頭することが多くなった。
そうでもしなければ、自分を許すことが出来ない。
近侍の鶴丸が休憩を促してくるが、自分でもなかなかやめられない。
あの子のことが頭から離れないのだ。
関わった時間は短かったが、それでもわかる気立ての良さ、心の強さがあった。
私さえ判断を誤らなければ、彼女は今でも良き主として刀剣男士達に慕われていただろう。
そんな彼女の未来を奪ったのだ。
私のせいで…彼女は…
何をしていても、そんな淀んだ自責の念に囚われる。
今日も無我夢中で業務に没頭していると、いつの間にか夜になっていた。
しんとした室内に漂う空気は冷たい。
もう皆寝静まる時間だ。
廊下に食事が置かれていることに気付いた。
きっと光忠が持ってきてくれたのだろう。
食べなければと思う気持ちはあるのだが、どうしても手が伸びない。
やることもないが眠れもしない。
そんな時間をボーッと過ごす。
気付くと私の頬は濡れていた。
「えっ…あれ…?」
止めようと思っても止まらない涙は、容赦なく頬をつたい、私の膝へと落ちていく。
泣くなんて許されない。
彼女は笑うことはおろか、泣くことすらも出来なくなってしまったのだからーー。
そう思えば思うほど、雫は溢れ、嗚咽が漏れた。
「何を泣いているんだ?」
不意に聞こえたその声と同時に、頭から白い羽織が掛けられる。
そして…
「っ!」
羽織の上から優しく抱きすくめられる。
背中には彼の体温を感じた。
「…なあ、主。主は俺を恨むか?」
私は首を振る。
「っ何を恨むことがありましょうか…。鶴丸様は精一杯戦ってくださいました…。」
そう、鶴丸はやれることをやった。
むしろ、戦歴でいえば想定以上の働きをしたのだ。
1番激しい戦場で、誰よりも戦果を上げて見せた。
彼女の薬研も、身も絶え絶えになりながら、自らの主を守ろうと必死だった。
だというのに…どうしてこんな結果になってしまったのだろう。
いや、そんなこととうに分かりきっているーー。
「全ては私がっ!私が間違えたせいです!最初から彼女を避難させていればっ!あの時、一瞬でも結界をとかなければっ!彼女はっ!!」
死ななくてよかったのにーー。
叫べば叫ぶほど、自分を抑えられなくなる。
彼女は私なんかよりずっとずっと必要とされていたのに。
悲しむ人が沢山いたのにーー。
「あの時、死ぬのが私なら良かったのに!」
そう叫んだ瞬間、目の前が真っ白に染まった。
何が起きたのか分からなかった。
唇に感じるのは柔らかな感触。
食むような仕草と唇にあたる熱い吐息に、鶴丸が私に口付けているのだと漸く理解する。
咄嗟に身を離そうとするも、鶴丸は更に私を強く抱き、腕の中に閉じ込めようとしてくる。
鶴丸の唇が離れたのは、私の息が苦しくなり、何も考えられなくなってからだった。
「なあ、主。」
蜂蜜色の瞳が私を捕える。
なぜかその瞳から目を離せない。
「俺は主の望む結果をもたらせなかった。だが、主は俺を恨まないという。だのに、何故主は自分を責めるんだ?」
「それは…」
私は言葉に詰まる。
そして、鶴丸は私を諭すように語りかける。
「あの場に居た誰もが最善を尽くした。それがどのような結果であれ、主を恨むものなどいない。」
「でも…」
「俺たち刀剣男士は主のために命を賭して戦う。その主が簡単に命をなげうつものではない。」
…その通りだ。
主として言ってはいけないことを言ってしまった。
「だが、それ以上に…俺が嫌だ。」
鶴丸の腕に力が入る。
微かに震えているのが分かった。
「そんな驚きは要らない。主が自分のことをなんと思っていようと、俺は…」
「命ある限り主と共に在りたい。」
鶴丸の言葉がストンと胸に落ちた。
そして、ジワーっと何か暖かいものが広がる。
どうして私は気付かなかったのだろうーー。
鶴丸も皆も、いつも私のことを心配してくれていたのに…。
共に在ろうと努力してくれていたのに…。
「主…主の本当の気持ちを教えてくれないか。」
私の視界が再びぼやける。
「私は…」
「生きたい…。鶴丸様と皆と…生きたい!」
そして私は、鶴丸の胸で子供のように声を上げて泣いた。
その間、鶴丸は私の頭を優しく撫でてくれた。
鶴丸の手は温かくて、心地よくて涙が止まらなかった。
その温もりを私は忘れることは無いだろうーー。
鶴丸が私の元に駆けつけた時、私は茫然と座り込んでおり、まともな状態ではなかったらしい。
思考が戻ってきた時には、あの事件からかなり時間が経っていた。
後から聞いた話だと、騒ぎを聞き付けた本丸からも応援が駆けつけ、ほどなくして事態は終息。
被害はあまり多くはなかったとの事だが、死傷者は確実に出てしまった。
私は日夜、ひとりで審神者業に没頭することが多くなった。
そうでもしなければ、自分を許すことが出来ない。
近侍の鶴丸が休憩を促してくるが、自分でもなかなかやめられない。
あの子のことが頭から離れないのだ。
関わった時間は短かったが、それでもわかる気立ての良さ、心の強さがあった。
私さえ判断を誤らなければ、彼女は今でも良き主として刀剣男士達に慕われていただろう。
そんな彼女の未来を奪ったのだ。
私のせいで…彼女は…
何をしていても、そんな淀んだ自責の念に囚われる。
今日も無我夢中で業務に没頭していると、いつの間にか夜になっていた。
しんとした室内に漂う空気は冷たい。
もう皆寝静まる時間だ。
廊下に食事が置かれていることに気付いた。
きっと光忠が持ってきてくれたのだろう。
食べなければと思う気持ちはあるのだが、どうしても手が伸びない。
やることもないが眠れもしない。
そんな時間をボーッと過ごす。
気付くと私の頬は濡れていた。
「えっ…あれ…?」
止めようと思っても止まらない涙は、容赦なく頬をつたい、私の膝へと落ちていく。
泣くなんて許されない。
彼女は笑うことはおろか、泣くことすらも出来なくなってしまったのだからーー。
そう思えば思うほど、雫は溢れ、嗚咽が漏れた。
「何を泣いているんだ?」
不意に聞こえたその声と同時に、頭から白い羽織が掛けられる。
そして…
「っ!」
羽織の上から優しく抱きすくめられる。
背中には彼の体温を感じた。
「…なあ、主。主は俺を恨むか?」
私は首を振る。
「っ何を恨むことがありましょうか…。鶴丸様は精一杯戦ってくださいました…。」
そう、鶴丸はやれることをやった。
むしろ、戦歴でいえば想定以上の働きをしたのだ。
1番激しい戦場で、誰よりも戦果を上げて見せた。
彼女の薬研も、身も絶え絶えになりながら、自らの主を守ろうと必死だった。
だというのに…どうしてこんな結果になってしまったのだろう。
いや、そんなこととうに分かりきっているーー。
「全ては私がっ!私が間違えたせいです!最初から彼女を避難させていればっ!あの時、一瞬でも結界をとかなければっ!彼女はっ!!」
死ななくてよかったのにーー。
叫べば叫ぶほど、自分を抑えられなくなる。
彼女は私なんかよりずっとずっと必要とされていたのに。
悲しむ人が沢山いたのにーー。
「あの時、死ぬのが私なら良かったのに!」
そう叫んだ瞬間、目の前が真っ白に染まった。
何が起きたのか分からなかった。
唇に感じるのは柔らかな感触。
食むような仕草と唇にあたる熱い吐息に、鶴丸が私に口付けているのだと漸く理解する。
咄嗟に身を離そうとするも、鶴丸は更に私を強く抱き、腕の中に閉じ込めようとしてくる。
鶴丸の唇が離れたのは、私の息が苦しくなり、何も考えられなくなってからだった。
「なあ、主。」
蜂蜜色の瞳が私を捕える。
なぜかその瞳から目を離せない。
「俺は主の望む結果をもたらせなかった。だが、主は俺を恨まないという。だのに、何故主は自分を責めるんだ?」
「それは…」
私は言葉に詰まる。
そして、鶴丸は私を諭すように語りかける。
「あの場に居た誰もが最善を尽くした。それがどのような結果であれ、主を恨むものなどいない。」
「でも…」
「俺たち刀剣男士は主のために命を賭して戦う。その主が簡単に命をなげうつものではない。」
…その通りだ。
主として言ってはいけないことを言ってしまった。
「だが、それ以上に…俺が嫌だ。」
鶴丸の腕に力が入る。
微かに震えているのが分かった。
「そんな驚きは要らない。主が自分のことをなんと思っていようと、俺は…」
「命ある限り主と共に在りたい。」
鶴丸の言葉がストンと胸に落ちた。
そして、ジワーっと何か暖かいものが広がる。
どうして私は気付かなかったのだろうーー。
鶴丸も皆も、いつも私のことを心配してくれていたのに…。
共に在ろうと努力してくれていたのに…。
「主…主の本当の気持ちを教えてくれないか。」
私の視界が再びぼやける。
「私は…」
「生きたい…。鶴丸様と皆と…生きたい!」
そして私は、鶴丸の胸で子供のように声を上げて泣いた。
その間、鶴丸は私の頭を優しく撫でてくれた。
鶴丸の手は温かくて、心地よくて涙が止まらなかった。
その温もりを私は忘れることは無いだろうーー。
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