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半透明

原作: その他 (原作:刀剣乱舞) 作者: いいち
目次

光忠

「納得いかん!」

畑を耕しながら、長谷部君が吠えた。
様子を見ると、9月とはいえうだるような暑さの中、長谷部君は鋭い眼力で鍬を持ち、勢いよく地面に打ち付けている。

「何故主はあんなやつを近侍に据え続けるんだ!」

「そんな事言われても…、主の命だから仕方ないよ。」

なおも激昴し続ける長谷部君に僕…燭台切光忠は苦笑いを返す。

ほかの本丸はどうなのか分からないけど、ここではずっと近侍は交代制だった。
だのに、最近は何故かずっと鶴さんが近侍を務めている。

そのことに不満を抱く男士は残念ながら少なくはない。
長谷部君もそのひとりだ。
しかも、長谷部君は、僕と同時期、この本丸ができて早くに顕現されたから、もうかれこれ3年主の元に仕えている。
元々主に対して過保護な面もあり、なかなか納得することが出来ないのだろう。

「お前は不自然に思わないのか?奴は本丸に来て日が浅い!しかも、主も口には出さなかったが今まで敬遠してきた!それなのに、固定近侍など…。奴が主に何かしたに決まっている!」

長谷部君のあまりの勢いに鍬が悲鳴を上げる。

その考えもわからないわけじゃない。
でも…

きゅうりの収穫を一度やめ、長谷部君に向き直る

「…でも鶴さんはそんなことする人じゃないよ。長谷部君も分かってるでしょ?」

「ぐっ…」

そう、鶴さんは主に危害を加えるような人じゃないことは本丸の皆が分かっている。
イタズラ好きだし、騒ぎばかり起こすけれど、誰かを傷つけようとする人じゃない。

「それに…敬遠されてたのは鶴さんだけじゃない。」

「それは…そうだが…。」

主は誰に対しても一線引いた対応をする。
最初は人見知りなのかと思っていたけれど、3年も一緒にいるのに未だに僕達刀剣男士に対して壁を感じる。

日常生活でも他人行儀だし、必要以上の接触を嫌う。
主が風邪で体調を崩したときも、僕達の手を一切借りようとせず、面会拒否。
風邪をうつしたら悪いと思ったのだろうが、結界まで張られてしまって、看病しようにもお手上げ状態だった。
結局、結界で余計な体力を使って、更に悪化して…。
こんのすけに食事や薬を運んでもらうことで何とか回復した。
やっと回復したのに、迷惑をかけたからと更に審神者業務に根を詰めるし…。

そんな様子を見ると、主にとって僕達はどういう存在なのか不安になってしまう。
本当はもっと主と関わりたいし、もっと頼って欲しい。
でも、主の嫌がる事はしたくない。
そんなモヤモヤした気持ちを抱えつつ、今まで誰もその壁を崩せなかった。

「鶴さんの主に真っ直ぐぶつかれるところ…僕は尊敬してる。」

「…。」

「鶴さんは確かに本丸に来て日が浅いけど、僕達が3年掛けても出来なかった事をやってのけたんだよ。」

僕達は主に嫌われたくない。
でも、その気持ちのせいでうまく主と関われなかったのも事実。
よくよく考えれば、主だって現世で普通に過ごしていた女の子。
急に審神者として連れてこられ、見知らぬ男たちの指揮を執れといわれ、負担もさぞ大きかったことだろう。

主はもともと社交的なタイプではないし、人付き合いも苦手だ。
でも、相手の求めているものを察する能力は高い。
誰に対しても気が利くし、さり気なくフォローしてくれる。
それだけ、周りに対して毎日気を遣って過ごしているんだ。

僕たちは少なからず前の主を意識している。
主はそのことを分かったうえで、その思いに応えようと努力していたように思う。
僕達が無意識に主に多くを求めたせいで、主を苦しめていたんじゃないだろうか。

主は僕たちに応えようとしてくれていたのに、僕たちは自分の保身ばかりで主のありのままを捉えられていなかった。
でも、鶴さんは違う。
鶴さんは、主のありのままを見て全力でぶつかっていったんだ。

「その結果、主が少しでも心を開いて、鶴さんを近侍に据えたなら、それはそれでいいんじゃないかと思うんだ。」

「お前は…本当にそれでいいのか?」

長谷部君が問う。

「今はね。…でも」

一呼吸おいて僕は長谷部君を見つめる。


「いつまでも鶴さんに遅れをとるつもりはないよ。」


あくまで今は近侍の座を譲るけど、それに甘んじるつもりは毛頭ない。
主のそばに居たいのは、僕だって同じなんだから。

「欲しいものは実力で勝ちとらないと格好悪いからね!」

「…ははは!それもそうだな!」

長谷部君は憑き物が落ちたようにスッキリとした顔をしていた。

「奪われたのなら奪い返すまで…。そんなことも分からず、不満をたれるようじゃ近侍にはなれないな…。主はそんな俺も見通しておられたのか…。」

長谷部君は恍惚とした表情で自らを抱きしめる。

「流石は我らが主…。」

…うちの長谷部君は何故かほかの本丸の3割増で気持ち悪いなぁ。
主への愛が少し過激過ぎる気がする。

「ほら、長谷部君。そろそろ収穫を終えないと…畑仕事も主命だよ?」

そう伝えると、長谷部君はハッとした表情で再び収穫を始める。
その収穫速度は先程と段違いだ。

僕も再び収穫を開始する。
今日のきゅうりも美味しそうだ。
主は喜んでくれるかな…。

その後も、いろいろ収穫したけど、ずっと頭の中に浮かぶのは主の控えめに微笑む姿だった。
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