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ロベリアの種――悪を育てるものとは――

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: 津島結武
目次

7話 リンドウの羽翼

 テッラシーナは倒れた青年を即座に抱き起こし、仰向けにして気道を確保する。

「おい君! しっかりするんだ!」

 青年の呼吸は山風のように荒く、温泉が湧くように汗が噴き出ている。
 返事がないため、どうやら意識を失っているようだ。

「なんてこった! こいつ、ドアの前で寝ていやがったのか!」

 フェッドが青年に駆け寄る。

「そんなんじゃない! 彼とはついさっきまでここで話をしていた!」
「ええっ! こいつ起きてたんですか!? じゃあ扉を閉めた瞬間二度寝したんですよ」
「違う!」

 グロムという青年は先ほどの会話で神経症状がどうのと言っていた。
 きっとそのせいで眠りが浅く、十分に疲労を取り除けなかったのだろう。
 あるいは風邪や感染症にかかってしまったのかもしれない。
 とにかくまずは部屋のベッドに寝かせるのが先決だ。

 テッラシーナはフェッドと協力して青年を部屋の中に運び入れ、やたらと軋むベッドに寝かせる。
 そして、冷水で濡らしたハンカチを額に当てつつ、制服の上着で風を送り体温の低下を図った。

 しばらくこれを繰り返していると、呼吸が穏やかになり、次第に汗の量も減少してくる。
 初めはちゃかしていたフェッドも、テッラシーナの真剣さに感化されてか、物言わずに青年の汗を拭いている。
 数分後、青年の容体が完全に安定してきて、ようやく一息つくことができた。

 テッラシーナはすぐそばにあった丸イスに腰をかける。

「ご協力いただきありがとうございます。おかげで彼を助けることができました」

 汗のにじみ出ている衛兵がフェッドに顔を向けて礼を言う。

「いえ、こちらこそ。僕の友人でもあるので」

 マッシュヘアの青年は申し訳なさそうに汗を拭いた。

 少しの沈黙ののち、テッラシーナはイスから腰を上げる。
 すると、爪先が何かに触れるのを感じた。
 視線を下に向けると、大量のガラスの破片と紫色の花が転がっていた。
 必死になっていたためこれまで気づかなかった。

「ああ、それはホタルブクロですよ。グロムのガールフレンドが彼にやったんです」

 フェッドが歩み寄り、落ちた花に向かってしゃがみ込む。

「なのに花瓶まで割っちゃって……。彼女にあきれられても知らないぞ」

 マッシュルームは床に伏しているホタルブクロを手に立ち上がり、ホコリ積もったベッドサイドテーブルの上に置いた。

 テッラシーナはふと壁掛け時計に目を向ける。
 針は6時20分を指している。

「では、私はそろそろ失礼します」

 黒髪の衛兵が青年をあおぐのに使っていた黒い制服に腕を通す。

「はい、グロムがご迷惑をおかけしました。こいつが目を覚ましたらあなたのことを伝えておきます」
「ええ、彼に十分休養をとるようにと伝えておいてください」

 テッラシーナは青年たちに背を向け、玄関の扉に対面する。
 そして、ドアノブをひねって扉を開けた。

 すると、上品そうな少女が扉の前で目を丸くして立っていた。

 この少女は――?
 外見からして、シャムロ区の住人ではなさそうだ。
 少女はテッラシーナをまじまじと見つめている。

 二人の対峙が数秒の間続くと、不意に少女が踏み出し衛兵を追い込み始めた。

「どうしてベッグ衛兵がグロムの部屋に入っているの! すぐそこで殺人事件が起きたことは知っているけれど、聞き込み調査をするとしても普通玄関先でしか行わないでしょ? もしかしてグロムを疑っているの!?」

 少女がテッラシーナをどんどん奥まで追い込んでいく。
 気づけば、青年の眠っているベッドのすぐそばまで逆戻りしてしまっていた。

「うおい! どうしたってんだティノ!」

 丸イスに座っていたフェッドが驚いて立ち上がる。

「ジョルノ! どうしてあなたもグロムの部屋に?」

 ティノという少女がテッラシーナの脇から顔を覗かせて尋ねる。

 青年グロムの部屋はまさに混乱の空間に化した。
 そして、混乱を加える要素がまた一つ。

「――ティノ!」

 眠っていた青年が突然跳ね起きて叫んだ。


 事態を把握していないグロムとティノという少女は軽いパニック状態に陥っていた。
 テッラシーナとフェッドは、グロムが突然倒れたために二人で彼を部屋に運び入れて看病したことを二人に伝える。
 騒ぎが収束するまで数分がかかった。


「すみません! 私ったら、グロムを助けてくれたことを知らずに……」

 少女が焦りながら深く頭を下げる。

「いえ、いいんですよ」

 テッラシーナはやや狼狽しつつ応対する。

「あぁ、助けてくださりありがとうございます……」

 グロムは気まずそうにベッドの上で礼を言った。

「おいおいグロム、僕も一緒にお前を助けてやったんだぜ? 僕に礼はないのかよ」
「はは……、ジョルノもありがとうな」

 グロムはいまだに放心しているようだ。
 心ここにあらずな笑みを浮かべている。

 テッラシーナはやれやれと言いたげに含み笑いをする。

「それでは、今度こそ本当に失礼いたします」

 再び若者たちに背を向ける。
 すると、倒れた青年がテッラシーナを呼び止めた。

「衛兵さん、ありがとうございました」

 青年グロムの表情からは、なぜか決意のようなものが読み取れた。
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