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アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
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第18話 翠緑と群青の追憶⑦

 遥たち風紀委員の面々は、ブルーミング・バトル用の屋内施設で死屍累々としていた。
 キヌエに宣言した通り、遥たちを半人前から一人前へと鍛え上げるべくクラリスによる特訓が始まっていた。序盤は遥たちもキヌエたちに負けてられないと気張り、意欲的に取り組んでいたのであるが、クラリスによるしごきは段階を経るにしたがって過酷さを増し、連日に及び訓練と特訓と鍛錬の三重奏は鳴り響き、気丈な遥も心折れる心境が見え隠れし始めていた。
 すでに1週間に続いて心身を酷使する日々が流れていた。基礎体力の向上、エクシードの運用の見直しと効率的な活用方法の模索、連携作戦の緻密化、状況判断能力の伸長。やるべきことはまだまだ山のように遥の眼前に立ち塞がっている。
 「成長に近道なし」とはクラリスが訓練の最中によく口に出す言葉であった。テオドーチェなどがそれを聞くと「ならチョコレートはカカオからしかできないというのか!」などと意味不明な抗議の叫びをあげた。クラリスのその言葉が果たしてどれだけ遥たちへの慰めになっただろうか。
 この日はゼンジも参加したエクシード・リンクの実践訓練だった。2対2に分かれてブルーミング・バトルを行ない、ゼンジは双方とリンクをするので双方のダメージを受けることになる。プログレスとαドライバーの訓練を一括して行える効率の良いメニューであったが、勿論後からとてつもない疲労がおまけで付いてくるのである。
 チーム替えをしながら計4度のブルーミング・バトルを戦い抜き、疲れ果てた遥たちは床に芋虫のように転がっているのであった。監督役のクラリスがそれぞれの短所、欠点を述べ、個人メニューを伝えていく。こういった時のクラリスは本当に容赦がない。
「疲れたのだ!」
 顔を床に伏せたままテオドーチェが叫んだ。床の下の地面に向かって不満をぶつけているように見えるのが、些か滑稽であった。
「……確かにちょっときついかな―、なんて思ったり…思わなかったり……」
 遥が体を起こし、床の上に座った姿勢で、遠慮がちに同調した。テオドーチェと同じ所感を抱きながらも、自分の責任を鑑みて諸手を上げての賛同を示しづらかったゆえの反応である。
「この程度で音を上げてどうする。『マザー』がいつ攻めてくるか分からないこの状況では、1分1秒が無駄にはできない貴重な砂粒だ。少しでも強くなり、準備を整えていかなければ間に合わないぞ」
「クラリスさん」
 いち早く立ち上がるまで回復したアクエリアが、宥めるようでいて、事を急く態度を窘めるような口調で言った。
「クラリスさんの言う通り、時間は無限ではありません。しかし、短兵急を急いては、上手くいくこともそうでなくなってしまいます。私を含め、遥さんたちは確実に成長しています。その成長を、ゆっくりと飲み込んでいくことも必要なのではありませんか? それにいつも満身創痍の状態では、いざウロボロスが攻めてきた時、充分に力を発揮できませんよ?」
 優しく、丁寧に相手に沁み込んでいくような語り口だった。クラリスもアクエリアの論の正しさを認め、気が急いていた自分の浅慮を謝った。
「私たち、クラリスにはとっても感謝してるから。キヌエ先輩から庇ってくれたことも、側に残ってくれたことも。だから、きっとクラリスの期待に応えてみせるよ! これからも指導よろしくね! 厳しすぎない程度で!」
「テオも同じだぞ!」
「私もですよ」
 互いの信頼を確かめ合い、今日の訓練は切り上げ、遥たちは風紀委員室へと戻っていった。突っ伏したまま気を失っているゼンジを忘れたままで。

「青蘭学園って広いわね~。セナ、この前みたいに1人で迷子にならないでよ?」
「もうっ、リカは心配性だよ」
「そうかしらね~。迷子の間に変な人に何かされたりしなかった?」
「変な人はいなかったけど、親切そうな人には会えたかな」
 セナが話している相手は、宙に浮いている。桃色の毛並みをした子狐に似た獣のような姿をしているが、淀みなく人語を操っていた。
 親しく会話する2人だが、突然セナの様相が変化した。リカと呼ばれた獣が何事か訊いているが聞こえていないようである。セナの耳は今別の声を捉えていた。
(オボエエエェェェェェ。死ぬぅぅぅぅ)
「!ッ」
 セナは声が聞こえた方へ駆け出し、その後をリカが宙を滑るように付いていく。
「大丈夫ですか!」
 声の発信源は角を曲がってすぐの場所であった。そこには、訓練を終えて風紀委員室に戻る途中である遥がいた。
「え? 何が?」
「さっき苦しそうな声を出していたから……」
 そういって、セナは自分の過ちに気が付いた。またやってしまった、と悔悟の念が胸を覆う。
「あ、声に出てた? いやー恥ずかしいな。さっきまで特訓してたからくたくたでさ。心配させちゃったかな」
「とっ…くん…」
「そうそう、私風紀委員だから」
「風紀委員…。あ、ゼンジさんと同じ…」
「ゼンジ君のこと知ってるの! そうそう、私もゼンジ君と同じ風紀委員なんだよ! なんだーゼンジ君の知り合いかー。それなら……あっ」
 遥が何かを思い出した様子で語を切った。眼が横に泳ぎ、重大な失敗を見つけてしまったという風な顔をしている。
「どうしました? やっぱりどこか体が悪いんじゃ…」
「ゼンジ君忘れてきちゃった」
「え?」
「ごめん! ちょっと手を貸してくれないかな! ゼンジ君運ぶの手伝って!」
「えぇ!?」
 セナと遥は施設の中へと急いで入っていった。
 
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