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アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
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第17話 翠緑と群青の追憶⑥

「まずはそこらへんにいる手頃なプログレスを捕まえよう」
「そんな野生のポ〇モンみたいにいるかい」
「わからんぞ。青蘭島は東京に属しているからな。つまりここはカ〇ト―地方だ」
「その理屈がわかんねーよ」
「ム、いたぞ。よし、あのポケ〇ンを捕まえるぞ」
「だからポケモ〇じゃねーって」
 ライゴが見つけたのは、または見つけられた不運なプログレスは、日当たりの良いベンチで寛いでいる最中であるようだった。腰より下に垂れるほど長い蒼瑪瑙のように煌めく髪にゴシック調のリボンカチューシャをした、少女というよりは幼女といった齢であろう。しかし青の世界の者ではないことは明らかであった。それは彼女の青地に白のストライプが入った洋服から出た手足、特に関節部分を見れば容易にそれとわかる。彼女は人形である。黒の世界には「ドール」と呼ばれる、生命を宿した人形が住んでいると聞くが、まさに今ゼンジらの目の前で悠々と寛いでいた。
 ゼンジとライゴは何故か野生の獣を捕まえる時のように、獲物に気付かれないよう注意しながらドールの少女の近くまで移動した。この動作に何の意味があるのか、とライゴに訊けば、おそらく「ロマンさ」の一言が返ってくるであろう。
「さて、では彼女にリンクをしてくれるよう頼んでみるか」
「初対面のアルドラとリンクしてくれるかね」
「大丈夫のはずだ。何か小さいミ〇ウツーみたいな奴だし」
「お前コラァ! 失礼だろ! せめて〇ュウと呼んであげて!」
 ゼンジがすぐ側で声を張ったため、ドールの少女が驚いて飛び上がってしまった。
 しまった、と思い、姿を現して咄嗟に両手を上げる。古代から現代に至るまで、相手に敵意がないことを伝える最も古典的で効果的な方法である。
 しかしこの時はさほどの効果を発揮しなかった。むしろ突然年上の男性2人に迫られ、幼気な少女の心を恐怖に染めてしまったのだ。
「あー、お嬢さん? 驚かせてすまなかった。怪しい者じゃないんだ。ちょっとお願いがあってだな」
 言葉を継ぐほど自分に対する信用が低下していくのが、嫌なほど感じ取れた。ドールの少女は、口をきつくひき結び、小刻みに震え出した。丸々とした眼には涙が湛えられている。
 ドールも泣いたりするのか。などと感じ入っている場合ではない。泣かれたりしたら、それこそ面倒なことになる。
「お嬢さん、俺たちはあなたを危険な目にあわせたりは決してしない」
「実践の被検体になって欲しいだけだからな」
「俺たちの用事はすぐに済む簡単なことだ」
「使い捨てだからな」
「お嬢さんの協力をすごく必要としているだけなんだ」
「自分の欲望を叶えるためにな」
 ゼンジがライゴの胸倉を掴み、鬼の形相を浮かべた。
「てめー何してんだコラ」
「協力を仰ぐなら真実を伝えるべきかと思ってな」
「言い方ぁぁ! もっとオブラートに包めやぁぁぁ!」
 それがダムを決壊させた。ドールの少女は耐えかねて声を上げて泣き出してしまった。大きな眼から滴がぼろぼろと零れ落ちる。当分は泣き止みそうにない涕泣だった。時にしゃくりあげ、鼻を啜り上げて泣き続けた。
「おいおい、泣くな泣くな。ほら、おれのガンダ〇のオモチャをやろう」
 ライゴがポケットから、10㎝ほどの3頭身の食玩フィギュアを差し上げたが、
「ガン〇ムい゛ら゛な゛い゛ぃぃぃぃ」
 すげなく拒絶されてしまった。
「そうか。ではおれが代わりにこいつで思い切り楽しく遊んでやろう。まだだ! たかがメインカメラをやられただけだ」
「落ち着きなベイビー。ここは俺に任せな」
 年下の扱いにはテオドーチェで慣れているゼンジがライゴと代わった。ゼンジは膝を着き、目線を少女に合わせて出来る限りの優しさを込めた声で話しかける。
「お嬢さん。驚かせてしまって本当にすまない。君に謝りたいんだが、何か欲しい物があれば言ってくれ。すぐに用意して、それを謝罪の証として君にあげたいんだ」
「不審者みたいだな」
「シャラップ」
 少女は答えず、延々と泣き続けるのみだった。まるで犬のおまわりさんだ。こちらもワンワン鳴いた方がいいのだろうか。確かに鳴きたい気分になってきた。
 ゼンジとライゴが万策尽きて困り果てていると、横から遠慮がちに声が掛けられた。
「あ、あの、その子、お菓子を欲しがってると思います」
「なに、お菓子?」
 声を掛けたのは、濃いブラウンのストレートな長髪、こめかみの上部の髪が癖なのか左右対称にはねており、小振りな垂れ耳を思わせた。学園のプログレスであろうか、ゼンジたちの見知らぬ同年代の少女である。
「この子はお菓子を欲しがっているのか?」
 ゼンジが重ねて訊く。少女は頷く。そのような兆候は全く見当たらなかったのだ。ドールの少女は変わらず泣きじゃくっている。
「お菓子は持っているか?」
 ライゴがゼンジに尋ねた。
「テオが駄々をこねた時のために、いつも飴を持ち歩いている」
「シッターみたいだな」
 ポケットから個包装されたイチゴ味の飴玉を取り出し、ドールの前へと持っていくと、ぴたりと泣き止み、飴玉を凝視した。
「キャビィにくれるの? お兄ちゃん」
「ああ、俺の謝罪の気持だ。遠慮なく受け取ってくれたまえ」
 鼻を啜り上げて飴を取ると、ぱくりと食べた。口の中で飴を転がしていくうちに、表情は明るさを取り戻していく。
 ゼンジはようやく安心した。テオドーチェ然り、子どもというのはお菓子に眼がないらしい。頭に追記しておいて損は無いだろう。
 キャビィという名のドールの少女は機嫌を直し、鼻歌交じりにベンチから立ち上がり、去っていった。去り際、ゼンジたちへ振り返り、人形の手を元気よく振ってくれた。
「やれやれ、何とかなったな。それとやはり初対面のプログレスにいきなりリンクを申し込むのはやめた方がいいかもしれないな」
「そうだな。練習が必要なら、風紀委員のお仲間たちに頼めばいいだろうな」
「なんでそれを最初に言わない」
「面白そうかと思ってな」
 窮地から解放され、安堵してから、的確なアドバイスを投げかけてくれた人物に礼を述べた。
「いや助かった。本当に助かった。ありがとう」
「い、いえ、いいんです。お役に立てたならそれで」
「良ければ名前だけでも教えてくれないか。俺は風紀委員をしているαドライバーのゼンジという。何かあれば風紀委員にきてくれ。力になれる、かもしれない」
 少女は逡巡したが意は決めた。
「セナ・ユニヴェール、といいます」
 この出会いによって歴史の収斂する速度がまた1段上昇したということを、誰が知っていようか。セナという少女と風紀委員。2つの線が交わった点の水面下で、伏流水は激しく渦を巻き始めた。
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