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アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
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第12話 翠緑と群青の追憶①

「感じる。感じるのだ。悪の気配を。奴ら、とうとう動き出したようなのだ」
 風紀委員室(予備)に遥、クラリス、アクエリアが入ると、部屋の中央に置かれた長机の上に、遥たちに背を向けて窓の方を向いている小柄な影が立っていた。
「戦いが起こるのだ。辛く、苦しい戦いが。きっとわたしは無事では帰れないのだ。でも、それでもいい。わたしはわたしの使命を果たす。そのためならこの命など惜しむつもりはないのだ」
「何やってるの? テオ」
 不審者を見るような視線で遥が声を掛けると、机上の人物はくるりとバレリーナのような華麗なスピンで半転し、こちらを向いた。
「テオではないのだ! 今のテオはペンギンマンなのだ!」
 遥たちと正対したテオドーチェは、いつもの青蘭学園の制服を着ておらず、全身をペンギンの着ぐるみ──パジャマかもしれない──に身を包んでいた。両手は布製のフリッパーに包まれ、ペンギンの足を模したであろう黄色いルームシューズを履いていた。頭に被っているフードにはペンギンの顔が描かれ、つつかれても微塵も痛くなさそうなくちばしが突き出ている。かなりデフォルメされているが、おそらく皇帝ペンギンを表現しているのであろう。
「ぺ、ペンギンマン? 何それ?」
「可愛らしいですよテオドーチェさん」
 テオドーチェ改めペンギンマンは眉毛を尻上がりに曲げ、両手を腰に当て、奮然とした態度を取った。
「ペンギンマンは悪と戦う正義のヒーローなんだぞ。お前らにペンギンマンのすごさを見せつけてやるのだ。シロクママン! アッセンブル!」
 掛け声の後で机の下から白い物体が飛び出した。いや、立ち上がった。ペンギンに続いて現れたのはシロクマである。シロクマの着ぐるみを着ているのは退院したばかりのゼンジであった。
「ゼンジは今はシロクママンなのだ」
「どうも、シロクママンです」
「こいつはペンギンマンの子分なのだ」
「どうも、子分です」
「どんな力が働いてそうなったんだ」
 それはゼンジにもよく分からないことであった。3日間に及んだ退屈な入院生活から解放され、その足で学園へと公欠届の書類に必要事項を記入するため登校すると、テオドーチェに捕まり、シロクマの着ぐるみを渡され、着ろという。お前は今日からシロクママンだ、と突然の宣告を受け、今に至った。書類を書いた後は速やかに帰宅して漫画でも読もうかと考えていたのだが、ゼンジとは意外にも押し切られると弱いところがあり、理屈を無視した押し切りには特にそうであった。遥に風紀委員へと勧誘された経緯をみれば一目瞭然である。
「ペンギンマン様ぁ、戦いが起こるって本当ですかい」
 シロクママンがペンギンマンに尋ねる。
「うむ、そうなのだ。奴らは侵略を開始したのだ。もう戦いはさけられない。正義の名のもとにてっついを下すときなのだ」
「それってあっしも行くんですかい?」
「この豚め!」
「熊ですべァッ!」
 ペンギンマンのフリッパーによる顔面ビンタが炸裂した。
「そんな調子では北極の平和は守れないのだ! ちきゅうおんだんかの魔の手から北極のペンギンを守るのが、ペンギンマンの使命なのだ!」
「ペンギンマンが思ったよりバイオレンス……」
「北極の平和を守ってたのか、ペンギンマン」
「北極にペンギンはいませんけどね」
 アクエリアの指摘は聞こえなかったようだ。ペンギンマンは短い足をせこせこ動かし、机の上からパイプ椅子へと、右足を最初に下ろし、机の縁に両手をついて左足を下ろすという風に慎重に移った。
「シロクママン。例の物を出すのだ」
「合点承知の助」
「シロクママンのキャラが全然つかめないんだけど。どういう設定なのシロクママン」
 シロクママンが部屋の隅に置かれていた段ボール箱を抱えて戻ってきた。
「お待たせしました。ペンギンマン様」
「うむ」
 ペンギンマンが段ボールの中へ手を入れ、中にある物を掴んだ。
「刮目して見るがいい! これがペンギンマンの力なのだ!」
 勢いよく振り上げられた手には、鋼色をした片手持ちのハンマーが握られていた。
「いやそれムジ〇ルニア!」
「ア〇ガルドは我らと共に!」
「バトルロイヤルの始まりじゃーーーー!」
「ペンギンマンは北極守るんじゃないの!?」
「マイティなパワーにひれ伏すがいいのだーーーー!」
「あなたたちは一体何をしてらっしゃるの?」
 入り口から凛とした品性の漂う声がした。騒いでいた一同が一斉に振り返ると、そこには黒百合を思わせる美しい黒髪の、気品高い黒の世界のエルフであり、クラリスと同じ高等部2年の風紀委員、マリオン・マリネールが腕組みをして立っていた。
「風紀委員全員に召集がかかりましたわ。今すぐ会議室に集合しなさい」
「何かあったのか?」
 クラリスが緊張の微成分を含んで問うた。マリオンは一拍おいて思案してから答えた。
「緊急事態が発生しましたの。青蘭島の総力を挙げて取り掛かるほどの問題ですわ。あなたたち、新入りだからといっても、足を引っ張ったら許しませんわよ」
 棘のある声と視線を、シロクママンは鋭敏に感じ取った。その警告は多分にゼンジと遥に向けて発せられていたからである。
「宇宙人でも侵攻してきたのかな」
 シロクママンの軽口は無視で応えられた。
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