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アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
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第10話

 壁も床も天井も、白一色に統一された病室にゼンジはいた。青蘭島にあるプログレスやαドライバーを専門的に治療する医療施設に入院しているのだ。ウロボロスとの戦闘から2日が経過した、ある日のことである。
 30分前、病院のベッドで公的な惰眠を貪っていたゼンジの所へ、ガンプ〇の箱を抱えたライゴが颯爽と現れ、「暇だろ、暇だな、よし手伝え」と、迷惑を隠さず面に出すゼンジを無視し、勝手にベッドテーブルと毛布の上にプラモデル作成に使用するパーツを広げ、ニッパーを手渡され、パーツをゲートから切り離す作業をやらされていた。
 ライゴはゼンジと同じ青蘭学園高等部の1年生であり、αドライバーである。黒いフレームの眼鏡をしているのが特徴だった。
「明日には退院らしいな。巨大な鋏で潰されそうになり、振り回されたにしては早い復帰ではないか」
「実際潰されそうになったのも振り回されたのも遥だけどな」
「そのダメージを肩代わりで受けてたんだろう。よくリンクを切らずにいられたな。お前の根性としぶとさは鍵穴に詰まったガム並みだからな」
「褒めてんの? 貶してんの?」
「賞賛しているさデンジロウ」
「嘘だな。お前は嘘をついている。だって名前が違うんだもの……ところでこいつは誰だ」
 ベッドを挟んでライゴの向かいには、前髪を左右に分けた、白髪のおかっぱ頭をしたアンドロイドが、黙々とニッパーを手にパチパチとゼンジたちと同じ切り離し作業を行なっていた。
「セニアだ」
 ライゴの説明は簡潔を極めた。
「セニアか……いや誰だよ」
「自己紹介をした方がいいでしょうか、マスター」
「フーム、そうだな、してみるといい」
 セニアと呼ばれたアンドロイドは、ニッパーを置き、ゼンジに向きなおり、文章を読み上げるような口調で語ったことによると、彼女は白の世界のアンドロイドでありプログレスである。開発コードはΩ46。認識用個体名はセニア。Dr.ミハイルによって開発されたブルーミング・バトル用アンドロイドで、開発コンセプトは「自ら学習し、成長する」ことらしい。ブルーミング・バトルとは、エクシードを使用したプログレス同士の模擬戦である。説明されたことの半分も理解できなかったが、どうやら青の世界のことを学ぶために来たらしく、偶然居合わせたアルドラのライゴから様々な事を教わっているという。そのためか、ライゴをマスターと呼び、慕っているようである。
「それで、お前は何を教えているんだ?」
「ああ、まずは基礎からだ。このセニアにメカという機械美を教授してやろうと思ってな」
 よりによってライゴとは、このアンドロイドも不運である。とゼンジは述懐した。もし逆の立場であったら、あのひねくれ屋とは、地雷を踏んだな。とライゴが思ったであろう。
「ろくなことしか教えてないんだろ」
「何を言う。ちゃんとセニアのためになることを考えている。セニアよ、今日までの成果を見せてやれ」
「はいマスター」
 そういってセニアが取り出したのは、1/144スケールリアルグレードのフルアーマーユニコーンガン〇ムのプラモデルだった。ディテールアップも余念なく施されており、匠の技術を醸し出している。どこから取り出したのかという疑問には、セニアのエクシードが「亜空間連結機構」であるからとだけ言っておく。それ以上は聞いてはならない。
「この重量感。細部に至るまでの再現性。そしてメカメカしい角立ったフレーム。ふつくしい、ですね。マスター」
「その通りだセニア。わかってきたじゃないか」
「お前さては馬鹿だな。そうだろ」
 病室のドアが激しく吹き飛び、エナメル質の床を甲高い音を立てながら滑っていった。自然に吹き飛んだのではなく、吹き飛ばされたのだということを、入り口から伸びる細く白い脚が物語っている。
「地球の普遍的な習慣を知ってるか? それは部屋に入るときはドアをノックすることだ。そして普通ノックは手でするものだ。脚でするもんじゃない」
 またもや面倒事が降りかかってきたことにゼンジは辟易し、一応は入院している怪我人なのだから休ませてくれと本心から思った。
「ここにいたのでございますね、馬の骨。今日こそセニアを返していただきますです」
 すらりとした長身のプログレスが入ってきた。長い金髪が揺れる。その間から覗く敵対的な眼はライゴを睨んでいる。
「聞きたかないが、ありゃ誰だ」
「彼女もDr.ミハイルにつくられたアンドロイドだ。名前はカレンというらしくてな。セニアの姉機にあたるらしい。Dr.ミハイルによると、戦闘力にリソースを全振りした戦術級決戦型アンドロイドということだ」
「なんだそれ、めちゃくちゃかっこいいな。胸がときめいちゃうぜ」
「目下のところ、おれの命を狙っている」
「お前何したら戦術級決戦型アンドロイドから命を狙われるんだ」
「フーム、心当たりはないのだがな」
「己の犯した罪の重大さすら気づかないとは。愚劣極まれりです。やはりあなたは私の愛しの妹であるセニアのマスターになどふさわしくありません」
「らしいぞ?」
「らしいな」
「まとめて塵にしてあげますです。馬の骨共」
「あれ、俺も含まれてる?」
「馬の骨の骨は馬の骨です」
「あいつ俺のこと馬の骨の骨扱いしやがった。つーか馬の骨の骨ってどこの骨?」
「馬の骨だろ」
「馬の骨はお前だ」
 ゲシュタルト崩壊を起こしているうちに、カレンがつかつかと近寄ってくる。
「犯した罪を数えて懺悔するとよろしいでございますです」
「戦術級決戦型アンドロイドがかっこいいこと言ってるぞ」
「戦術級決戦型アンドロイドだからな」
「そうか、やはり戦術級決戦型アンドロイドか」
「愚弄しているのですか。お望み通り滅殺して差し上げますです」
 戦闘特化の蹴撃が2人を襲いかけると、セニアが間に立ちはだかってカレンを制止した。
「カレン、何度も言いますが、私のマスターを傷つける行為は許しません」
「! セニア! しかし!」
「それに病院で暴れるのはよろしくありません。それでも聞かないのなら、私はあなたを嫌いになります」
 セニアの言葉にカレンは尋常ではない精神的ショックを受けたらしく、とぼとぼと病室から出ていった。
「まあ、毎度こんな感じだ」
「お前もわりと普通じゃない日常を送ってんだな」
「この学園では、むしろ普通でいることのほうが難しいかもしれんな」
 騒ぎを聞きつけた病院のナースが駆けつけてきて、破壊された哀れな扉を見つけて、頭を抱え込んだ。
 今日はもう寝よう。ゼンジは安眠に飢えていた。
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