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アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
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第6話

 生誕にこだわるところで止めておくようにと、頭の内で良識の声がしきりに促すのだが、無視して逆行の度を強め、いっそう深く、何かよく分からぬ始源のほうへと遡り、起源のまた起源へと飛び移っていく。おそらくいつの日にか、起源それ自体に行き着くことができるだろう。そしてそこで身を休めるか、どっと倒れこむかするであろう。

 学園の外れの森林。枝が折り重なり、濃厚な密度の影が短い下生えに覆い被さり、横溢する生気を抑え込もうとしているかにみえる。
 ゼンジたち風紀委員は、心地よい緑陰の下を歩いていた。萌える緑の芳香がそれぞれの鼻先を撫で、体に沁み込んでいく。
 森の中を10分も進むと、四方の視界は樹林に閉ざされ、親しんだ学舎は片鱗さえ見当たらず、木の背後に、葉の裏に、郷愁が隠れ潜んでい、目の端に捉えると、寂々とした気持が胸中を掠めた。
「そろそろ報告のあった地点だな。みんな気を付けてくれ」
 クラリスの凛と張った顔から警戒の気色が表出していた。ドラゴンを相手にするなら当然のことであろう。ウロボロスではないのだから必ず戦闘になるとは限らない。できれば穏便にすめばそれに越したことは無いが、そもそも青の世界にドラゴンが入り込んでいるという事態が異常なのだ。そういったことは、不思議と重なって起きるのが世の常である。幸運は1人でやってくるが、不幸は友連れで訪れる。まったく、誰が決めたことなのか。そいつの横っ面を引っ叩きたい思いである。
 そこからさらに奥へと進むと、森の中に空白地点があった。およそ直径10メートルほどの草地であり、春草の群れが根を張り、木々が育つ土壌を独占している場所であった。
 そこに、いた。周囲の柔らかな緑に包まれた、穏やかな風景とは趣を異にする深紅の外殻。同調すべからざる異物感。非実在性の中の圧倒的実在性。現出した幻想。
 長い体躯をとぐろに巻き、頭部を胴体の上に据えている。まさに休息に入っている蛇を想起させる姿である。しかし、丸飲みするのはカエルなどではなく、大の大人でありそうな体格を除けば、だが。
 情報通り、黒い蛇腹以外は目が覚めるような赤色で、1つの頭部の上下に2つの口がある。目標はこいつで間違いないだろう。
「で、どうやってあのオシ〇スを捕らえるんだ」
 彼らは藪の影から頭を出し、様子を窺っている。
「自分で黒の世界へ帰ってくれればいいのだが、あの様子だといつになるか分からないな。何とか誘導できないだろうか」
「黒の世界でも、長い年月を生き、高位に位置するドラゴンは対話が可能であると聞きます。もしかしたら交渉が可能かもしれません」
「そうなのか、テオ?」
 クラリスが隣にいる黒の世界出身の悪魔に尋ねる。
「そういうのもいるけど、あいつがそうなのかどうかはわからないのだ」
「なんか私が想像してたドラゴンと違うなー。もっとかわいい感じなのかと思ってたのに」
「あれはドラゴンというより神だからな」
「遊〇王ネタをあまり引っ張らないでくれ」
 オ〇リスの天〇竜が鎌首をもたげ、こちらを凝視した。
「気づかれたようだ。どうする」
「私が行くよ。話せばわかってもらえるかも」
「俺も行こう。クラリス、アクエリア、テオは後ろで待機しててくれ。大勢で行って驚かせるのはよくない」
 藪の茂みから遥とゼンジが立ち上がり、掻き分け、近づいていく。草地の境界とドラゴンとの中間地点で対峙した。
 遥は1つ咳き込むと、口を開く。
「YEAR. 元気かい? 私は絶好調さ! 今朝食べたコーンフレークが絶品だったからね。HAHA」
「ちょっと待てコラ」
 遥の襟首を掴んで引きずり戻した。
「お前何やってんの? ここは初心者向けの英会話教室じゃないんだけど」
「フランクに接した方が好かれるかなー、って思って」
「あれはフランクじゃねえ。フラットってんだ。お前の頭が。いいか、次はフランクじゃなくてフォーマルに──」
「遥! ゼンジ! 後ろだ!」
 空気が緊迫を高速で伝導した。2人が振り返ると、どういう原理でそうしているのか、地面でとぐろを巻いていたのが、翼もなく宙へ浮いているではないか。数瞬前まで晴れていた背後の空も、今は不吉を予感させる黒雲が湧き上がっている。樹木より高く飛翔すると、雷光が雲霞の肌を走った。
 2つある口の上の方が開き、迸る閃光と共に稲妻が遥たちの2メートル左で弾けた。遥とゼンジは背筋が凍る思いを味わい、クラリスたちの元へ韋駄天の如く駆け戻る。
「このトカゲ野郎! 竜田揚げにしてやろうか!」
「ドラゴンだけにですね」
「うまい!」
「味が? ツッコミが?」
「ふざけてる場合じゃないぞ! ドラゴンを怒らせてしまった」
 体の芯を寒からしめる咆哮が轟く。木々が振動を叩きつけられ、大きくさざめいた。
「遥の対応がよほどお気に召さなかったみたいだな」
「そんなにダメだった!? 笑顔は世界共通のコミュニケーションでしょ」
「TPOによりますからね」
「あわわわわわ、マズいのだ」
「こうなったらもう実力行使しかないか」
 クラリスがエクシード発動の構えを取った時、彼らの頭の上から声が落ちてきた。
「待ちなよ。ここはアタシに任せてくれないか」
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