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アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
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第2話

 印象的な赤髪を揺らしながら部屋に元気よく入ってきた東条遥は、半身で振り返って風に当たりながらくつろいでいるゼンジの姿をいぶかし気に眺めると、指先をまっすぐ突きつけ、
「あー! 制服の着崩しは校則違反です! ダメだよ! すぐに直さなきゃ!」」
 と、入ってくるなりゼンジの緩み切った格好を非難した。ネクタイとボタンを外し、袖も大きく捲くっている姿は、なるほど言うまでもなく着崩した姿であり、真面目で質実な生徒には、どうやっても見えない。
 ゼンジも制服の大胆な着崩しが校則に違反していることは承知している。しかし、教室では纏わりついてくる猛烈な暑気にひたすら耐え、この部屋まで我慢してきたのだ。他生徒からは目に触れぬ場所で崩すくらいのことは大目に見てもらいたい気持ちがあった。
 そのような心境であるから、ゼンジは、
「異議あり!」
 反論を試みた。
「なぁ、遥よ。よーく考えてみてくれ」
 立ち上がり、遥とゼンジは面と向かい合う。
「制服の着崩しに問題があるって言うけど、そもそもこの青蘭学園には、普段から制服を着ていない生徒もいるじゃないか。ならその生徒に、制服の着崩し禁止っていう校則は適用されるのか?」
「うぇ? え、えーっと」
「されないだろ? なのに、真面目に学校指定の制服を着ている奴だけが校則に縛られるなんて、不公平じゃないか?」
「う、うーん。そう、かも?」
「そうだろ? 生徒同士の格差を無くすために、新しい校則が必要だと思うんだ。というより、いっそ、制服なんざなくして、フリースタイルってことにしたらいいんじゃないか? 古い校則なんざブレイクスルーして、新しい時代にフライアウェイしよう」
「?、つまり、どういうこと?」
「まあ要するに、ジャージ登校自由化計画だ」
「いやそれはおかしいだろう」
 遥が開けたままにしていた扉から、三つ編みに結んだ髪の上に、小さな輪が浮かんでいる赤の世界の天使、クラリス・エーデルライトが顔を出した。どうやら2人の会話が外にまで聞こえていたらしい。
「確かに青の世界以外の生徒の場合は、制服は無理に着なくてもいいとなっているが、それには、他世界の文化の違いという理由があってだな」
「でも、他の世界から来てるやつらで、風紀委員以外でちゃんと制服着てるやつ、見たことあるか? 俺はないよ」
「ごく少数だが、いるにはいる。そういうプログレスたちの模範となるために…いや、そもそも風紀委員の仕事は、学園の風紀と秩序を守ることであって、その立場にいる我々が乱れた格好をすることが、他の生徒への示しがつかないということだ」
「うん、クラリスの言う通りだよ。私もこの制服気に入ってるし!」
「そういうことではないのだが、まあ、とにかく、私達は他の生徒から頼れる風紀委員と信頼されなければならない。そのために日頃から身だしなみには気を配る必要があるんだ」
「うんうん、かっこいい方がいいもんね」
 遥との間に微妙な感覚のズレをクラリスが察知し、ゼンジがこの話題に飽き始めた頃、またもや風紀委員メンバーが2人、遅れてやってきた。
「何のお話をしてたんですか?」
「ずるいぞ! テオもまぜるのだ!」
 水色の長い髪をした白の世界のアンドロイド、アクエリアと、見た目小学生の黒の世界の悪魔、テオドーチェである。
「ゼンジ君が制服を着てくれないんだ」
「ちょっと待って、言い方改めてくれる? 俺が変態みたいになってるから」
 アクエリアはゼンジと遥を見比べて、全てを理解したらしく、
「まあ、今日は5月にしては暑いですし、風紀委員室でなら、多少は大目に見てあげてもいいのではないでしょうか」
 さりげないフォローを入れた。すると遥が、
「そうなの? 実は私もずっと暑かったんだよねー」
 言うと素早く上着を脱ぎ、白シャツ姿になった。汗ばんで蒸したせいか、下着が透けてみえている。
「いやー、あっついねー、まいったよー」
「遥! ちょっと! いきなり脱ぐな! ゼンジは向こうを向いてろ!」
 気づき、赤面したクラリスが全力で止めに入る。
 ゼンジは言われた通り後ろを振り向き、惜しかったなと思いつつ、雲一つない晴れ渡った5月の空をみた。
 背後ではドタバタと激しい物音がする。ゼンジは振り返りたい衝動を抑えつつ、窓枠に手を置き、頭を外に出して空気を肺一杯に吸い込んだ。
 今日も学園は平和である。世界の異変は、いまだ根本的原因が特定できぬまま、世界を蝕んでいる。この平和が、仮初のもの、泡沫の平和であることは、きっと誰もが知っている。しかし、今日の、今この時の時間は、少なくともゼンジにとっては平和そのものだった。
 彼は、彼ら風紀委員は、今日この時の平和を噛みしめることになる。それは今日明日のことではないが、ずっと先のことでもない。世界は可能性に満ち、巡り回っているが、時に嵐が吹き荒び、運命は選択を強要する。
 ちなみに、遥たちがいる部屋は正確には風紀委員室ではない。正式な風紀委員室は別にあり、彼女らがいるのは、予備の部屋といったもので、これは、彼女らの仕事が、他の風紀委員とは色合いを若干異にするものだからである。遥の風紀委員長という役職も、この部屋で活動する風紀委員の代表という意味合いであり、全体を束ねる風紀委員長は別に存在しているのだ。
 
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