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素直じゃない彼の落とし方

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: 中野安樹
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四面楚歌

食べられちゃった。えへっ。脳内の自分は、うら若い乙女の姿で半裸。自分が可愛いとでも思っているのか、あざとい萌えポーズを決め、テヘペロしている。

「エヘッじゃ、ねぇ。よっ」

自分のあられもない姿を想像した、自分自身にゾッとして、慌てて脳内のオッサン少女を振り払う。言いようもない怒りの矛先も後輩、佐藤へというよりは、自分自身への方が大きい。訳の分からない現状に対する不安も込めて、怒りに任せて怒鳴り散らすつもりが、なぜだか全く力が入らないのだった。やけにおもだるい、何て言うか言い訳のしようがない、事後だ。

「ははは……」

自傷気味に笑う自分の乾いた笑い声が腹に、ダイレクトに、下に響く。

「あー、落ち着きました?」

酔った勢いでなにもかも、すっかり忘れられたらどんなに良かったか。寝起きの薄汚い自分を見られてることに、焦りと不安が込み上げてくる。そんな自分とは対照的な涼しい顔の佐藤に目をやる。クソッ。スッキリした顔しやがって。無性に腹立たしくなってすっと、差し出される手を叩くと、下に響かないようにゆっくりと体を動かしてみる。

「よしっぁ」

痛みが響かないように動けた喜びを、小さく呟いたつもりだったのに、やけに大きく響いてしまった。佐藤もこちらの様子に気がついたのか、手を口に当てて笑いをこらえているのが、妙に腹立たしい。動けば動くほど、次から次へと容赦なくやってくる鈍い痛みにイラつきながら、舌打ちをする。

「うっわぁ。もう、最悪。なんて顔するんですか。せっかくのムードが台無し」

いつものように頬を膨らませ子リスのようだか、なんていうか子リスほどの清らかさというか、無垢さというかそんな感じは一切しない。天使のような愛くるしさの代わりに、肉食獣のようなセクシーなしなやかさを身に付けていてゾクリとする。全身が心臓になったような、なんとも言えないが、追い詰められたウサギのような気分だ。

「そこはやっぱり、おはよう。じゃないですか?こんなときぐらいハートマーク付けて、甘えてくださいよ」

佐藤のやけに楽しそうな態度に辟易し、ガシガシイラついた脳を引っ掻くみたいに頭をかいた。しかし、おっさんに甘えられてぇの?自分の疑問にありあないくらい身震いして、もう一度頭の中を整理する。

「昨日、こじゃれた店でうまい飯食って」

ワイン飲んで、んでなんかてきぱき世話してくれる、佐藤がやけに頼もしく見てだして。あぁ、冗談っぽくアプローチかけたわな。普通ならキモい冗談だと受け止められる行為の範疇なんだろうけど。合意ってのは分からない。でも、どうやら何かしらのオッケーサインは出してしまったらしい。羽目をはずしたいくらい弱ってたんだろう。ちょうど、おあつらえ向きに据え膳が転がってただけだ。

「わりぃ。佐藤、なかったことにしてくれ。交通事故なコレ。オレもう、誰ともなにも育む気ないんだわ」

普段からは想像つかない真顔で、本音を伝えた。のらりくらりでは、ダメだ。後輩とズルズル、ただれた関係になるわけにはいかない。

「出合い頭なら、そうでしょうね。緒方さん、事故にはさせませんよ。あ、でも今はまだ、無理にとは言いません」

いつもの爽やかな笑顔のような雰囲気だが、目元が笑っていない。

「あのな、今はってな」

諦めねぇかなぁ。いや、察しが悪いというべきか?そんなタイプには見えないが、若さゆえなのだろうか?なかったことにしようと、ハッキリ言うべきか?わかるだろうが、そんぐらい。察しろ、と毒づきながらも、チラリと佐藤の顔を見た。今の自分はカッコ悪い。自分のことばかりでひどく、相手を傷つけようとしてる。わりぃと思いながら、やっぱり自分を優先させてしまうのだ。

「貸しいっこです」

「あ?」

「だから、貸し借りの、貸し。何でもひとつ言うこと聞いてくださいね」

ははっ、ネの国の主役級マスコットが笑う声がした。明るい笑い声は、コミカルになればなるほど、空々しく響いた。お前には愛しのハニーがいるから、可愛い心配も受け止められるだろうよ。何だって、こんなぼったくりされなきゃならんのだ。わりぃと思った自分をたった今、罵ってやる。バカヤロ目を覚ませ、こいつはとんだタヌキじじいだったってな。

「緒方さん、もう少し小さな声で。独り言いってくださいね」

そして、やれやれと思いっきり深いため息をつく。まるで、かわいい落第生をしかるときのような慈悲深げな教師の眼差しだ。全く、先輩に対するリスペクトが、感じられない。

「ははっ。だから、聞こえてますよ。リスペクトって」

「だ、おまっ」

ふざけるな。凶悪に甘い耳元でささやくなっ。そっと、気がつかない間に真後ろに立っていることに、驚きながらもびくつかないように背筋を伸ばした。

「わ、わりぃ」

鈍い痛みに、耐えながら精一杯の笑顔を向けたつもりだ。だけど、これではっきり伝わるはずだ。すぐにそうしてやるべきだったんだ。甘えてばかりで、本当に申し訳ない。しっかりけじめはつけるべきだ。

「悪かった。佐藤。なかったことにしてくれ」

ほぅ、とついタメ息が出てしまった。
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